2006年02月16日

最近読んだ本

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マンガ金正日入門-拉致国家北朝鮮の真実
李 友情 著, 李 英和 翻訳


うーん、まぁこれはこんなもんかな程度。
北朝鮮のことって(特に金正日に関しては)謎が多いのでイマイチリアリティがなかったって感じです。

でもこれ翻訳したの李英和先生なのか。
最近いろいろ有名ですね。
応援してます。

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淳 それから
土師 守 著, 本田 信一郎 著


前作「淳」が発売された時、速攻買って読みました。
同じころに出た「少年A この子を産んで」も読みました。
(加害者の親の手記です)
当時、私はそっちの方が衝撃的でした。
なんていうかその加害者が「普通の子」に思えたから。
なんでこの子が?私と何が違うの?って思いました。

でも改めて「淳 それから」を読んでみると本当にこの子は普通の子だったんだろうかと思います。
その子がどうだったかという以前に、その子の親が。

マスメディアや少年法に対する憤り、不満というものもたくさんあるとは思いますが
私は一番加害少年とその親に対する憤りを感じました。
これを読むと少年もその親も「本当に反省しているのだろうか」と思わざるを得ません。

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「朝日」ともあろうものが。
烏賀陽 弘道 著


これはなかなかおもしろかったです。
社説がどうとか、捏造記事(サンゴ事件のような)がどうとかいう話ではないです。
日々、朝日新聞はどう作られるかという話。
新米記者がどういう経緯でデスクになるのかという話。

これって朝日に限らずのような気がしますね。
以前たかじん委員会で辛坊さんが「テレビや新聞のニュースを信じすぎ」って言ってました。
私もやっぱり朝日であろうと産経であろうと主張に差はあれど
ある程度ニュース内容は本当だろうと思っていますが
これを読むと「新聞に書いてあることイコール本当なのか?」と思います。

たくさんあるエピソードがおもしろかったです。

以上3冊のうち下の2冊は読むべき本だと思いました。
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2006年01月29日

世界がさばく東京裁判

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世界がさばく東京裁判
佐藤 和男 著


私は高校で日本史を専攻していたんだけれど「東京裁判」を習ったかと聞かれると、ぶっちゃけ覚えてない。
現代史は試験に出ないとか言われてた気もするんだけど、「極東軍事裁判」と言われると習ったかな〜???と思う程度だ。
でも確実にいわゆる「東京裁判史観」をもって育ったことは間違いない。
いわゆる「日本が悪い国でした。だから原爆を落とされても仕方ないのです」的考え。

私が東京裁判というものをちゃんと自分の中で認識したのはごく最近のことで
それと同時にその裁判には多くの問題があることを知った。
外国ではこの裁判とドイツでおこなわれたニュルンベルク裁判をどう評価しているのだろうか。
歴史で習う国、習わない国はあるだろうが、圧倒的に習わない国の方が多い気がする。
ただそれを知っている人の中ではあの裁判は「裁判」ではなく
「政治パフォーマンス」だったと思ってる人が多い、という感じなんだろうか?
(全くの想像)

そして実際その裁判を受ける側になった日本では
この裁判がいかにおかしなものであったかを多くの人たちは知らない(と思う)

この本は東京裁判を特に法律から見た本だった。
当時の国際法がいかなるものだったのか、極東軍事条例とは、パリ不戦条約とは。
またその後の世界にこの2つの裁判(東京裁判・ニュルンベルク裁判)はどう影響したのか。

東京裁判の何がどうおかしかったのか。
大きな点でいうと
・戦勝国が戦敗国を裁くという体制をとったこと
・事後法で裁かれたこと
 (後から出来た法律で過去のことを裁くという異例の事態だったこと)
・戦勝国の犯罪は一切問われなかったこと


また日本人が間違いやすいと思った点
・ポツダム宣言は「無条件降伏」ではないこと
・8月15日に戦争が終わったのではなく休戦協定に入っただけ
 (日本が本当に独立したのは講和条約が結ばれた昭和27年4月28日である)

とくに後者に関しての間違いは大きいと思う。
ポツダム宣言の受諾によって日本は戦争をやめる。
しかしそれはあくまで武器を使う戦いが終わっただけであって戦争状態が終わったわけではない。
その後GHQによる日本の占領が始まり、そこから講和条約発効までの7年の間
日本の書物は全てGHQが監視した、つまり東京裁判批判、GHQ批判、あるいはアメリカを含む戦勝国批判する書物は発行できなかった。
またその7年の間にアメリカはいわゆる「サヨク教育」の始まりとなる日教組の促進を含めた、「日本は原爆を落とされてもしょうがないような悪いことをした」的プロバカンダ(宣伝活動)をおこなった。

講和条約が発効された後、当然東京裁判批判の本が次々に販売されたり
戦犯で処刑された人を「公務死」として遺族に対して恩給を送るかなど審議されたりしたが
結局はそのプロバカンダに洗脳された人が増えたのだろうか
日本は「東京裁判史観」を受け入れ、「サヨク教育」によってそういう考えをもった人がどんどん増えていった。


私は今までも何度も言ってきたが今更この裁判をどうこうしようとは思わない。
今更日本が戦勝国の罪を問うなどというのは今の中国や韓国がいつまでたっても
日本に謝罪や賠償金を求めるのと同じだと思うし。
ただ「日本人として知っておくこと」は必要だと思う。
もしアメリカ人に「日本は原爆を落としてもしょうがないような悪いことをしたんだ」と言われたら、言い返すくらいの知識を持っておきたいと思っている。
(言語の問題は考えないことにして・笑)

あの戦争を日本の侵攻戦争だったと考えるか自衛だったと考えるかは人それぞれだと思う。
あの裁判を取り仕切ったマッカーサーですらわずか2年後に東京裁判は間違いだった。
アメリカがあのときの日本と同じ状況だったら戦争していたと発言した。
(まったく無責任もいいとこだ)
その考えは人それぞれだが、それを差し引いてもあの敗戦濃厚な時に原爆を落とす必要があったのか。
ソ連はあの状況の中で日ソ不可侵条約を破ってまで日本を攻め、北方領土を奪う必要があったのか。

私は日本が全て正しかったとも思っていない。
もちろん自衛戦争だった部分は大きいと思う。
この戦争は白人対カラードの戦争だったという考えにはかなりうなずけるし
なんの資源もない日本が包囲網によって資源を送るルートを断たれてしまった時
日本が選ぶ道は連合国の意志に従うか、戦うかしかなかったから。
ただ日本こそが善で、連合国こそが悪だとも思っていない。
問題はやっぱり公平に裁かれなかったこと。
これは本当に大きいと思う。

この本の最後にあって大いに共感できたのがあの裁判をもって
「アメリカの正義こそが正義」という印象を世界に与えてしまったこと
この影響は今も大きく残っていると思う。

日本には反米はほとんどいないと小林よしのり氏が言っていたのを思い出した。
いわゆるホシュと呼ばれる人たちは親米
左派とかサヨクと呼ばれる人たちは反米と言われているが
結局彼らのもつ歴史観は「東京裁判史観」であり、それを受け入れいている時点で
どんなに今のアメリカに反対したところで結局アメリカの考えを認めていることになる、と。


このところ靖国参拝などを見ていても日本はずいぶん中国や韓国にNOが言えるようになってきたと思う。
田嶋陽子氏が「歴史の時間が巻戻っている」と批判するような部分で。
でも日本が本当にNOを言わなくてはいけないのはアメリカなのだ。

もちろん当然ながらなんでもかんでもNOと言えと言ってるわけではない。
世界にとっても、日本にとっても日米安保というのは大きな役割を示していると思う。
日本が戦後、戦争をせずに来たのは決して憲法9条のおかげではない。
この本にもあったが「日本が戦争を放棄しても、戦争は日本を放棄しない」のだ。
つまり戦争というのは相手あってのこと。
こちらがどんなに拒否をしても、相手が攻めてこれば日本は戦争をしなくてはならなかった。
それをせずに来たのはやはり日米安保の存在は大きかったと思う。

ただ日米安保のためにアメリカの主張を全て受け入れることもまたダメなのだ。
日本がアメリカにもっともっときちんと意見を言えるようになったら、日本はもっと変わると思うし、そういう日本を目指すことが大事なのかもしれない。


この本、難しいっちゃー難しいけどオススメします。
読んでいるとアメリカが嫌いになります。
ルーズベルトとか最低だなとか思います。
でもそういう感情を私は否定しない。
イコール自分は反米、だとも思わない。

大事なのは未来だと思いたいから。
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2006年01月08日

マンガ中国入門・渡部昇一の新憂国論

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マンガ中国入門 やっかいな隣人の研究
ジョージ秋山 著, 黄 文雄 監修


12月は小説にハマリ、時事関連の本を読まなかったのですが
年明け早々図書館に行ったら私が8月頃に予約したこの本が
ようやく回ってきたので早速読みました。

絵に関して言うと、嫌韓流ほどではないですけどビミョーですね(笑)
小学生が読む「伝記」なんかに出てきそうな絵。
ジョージ秋山氏って聞いたことがあるようなないような。
でも嫌韓流のように無理矢理ストーリーを作ってる感じもなく
無駄に強気な発言という感じでもなく、冷静に淡々と喋っているという感じで
読みやすさとしてはこっちのほうがいいかなぁと思います。
(もちろん内容は中国入門は中国、嫌韓流は韓国のことなので全く違います)

この本をもってして「これが本当の中国だ!」と言いたいわけではないんですが。
一つの国を知ろうとするとき、仲良くしようとするとき、
やはり相手の国のいいところだけを見るわけにはいきません。
例えば海外旅行に行くときに「この国に行きたい!」と思っても
「スリが多いから注意しなくちゃ」とかそういう知っておかなければならないことっていうのは
良いことも悪いことも含めてあると思うのです。

そういう意味では今中国は経済がとても良くて、日本を追い抜く勢いだなんて言われますが、その一方で貧富の差は激しく、識字率は低い。
水資源不足(砂漠化)によって約6億人の農民のうち2億人は失業の危機にあり
工業による汚染も進み、鳥インフルエンザやSARSでみられる党の隠蔽体質により
エイズや性病は蔓延していると言われている。
中国が国境問題で争っているのは日本との間の尖閣諸島だけではない。
中国は大陸が砂漠化しているがゆえ、海に出るしかないのだ。

また民族としての違いもある。
中国の「食人文化」にはちょっと驚いた。
もちろん激しい貧困があってのことなのだけれど・・・。

反日暴動のからくりなど知っていることもあったけど
結構うんうんと思いながらあっという間に読めた本でした。


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渡部昇一の新憂国論
渡部 昇一 著


2冊目に読んだのはこれ。
これは年末ダンナの実家の近くのブックオフで105円で買った本。
この本を手にするまで渡部昇一氏の名前も知りませんでしたが。

本が書かれた時期は橋本内閣の頃のようです。
その頃の私は高校生でこういった主張があったことも知らず
まぁ高校ではあまり日本史でも近現代史は習いませんが
普通に南京大虐殺だのなんだのと覚えていた気がします。
いわゆる盧溝橋事件に関しても「どちらが起こしたことかはわかっていないが
日本軍である可能性が高い」と習った気がするし。

内容としては最近書かれた時事関連の本と似ていましたが
こんな前からこういうことを言ってた人はいたんだなぁと。
小泉さんのコの字もでませんが、この時代の状況が読めておもしろかったです。
posted by ひとみ at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月14日

新ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論

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新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論
小林 よしのり 著


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新ゴーマニズム宣言SPECIAL戦争論 (2)
小林 よしのり 著


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新ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論〈3〉
小林 よしのり (著)


読んだ。
たかがマンガ3冊じゃないかと言われそうだけど今まで読んだ本の中で一番労力が必要だった気がする。
この本を読んでいる間に戦争の夢を何度か見た。

あまりに感じたことがたくさんあったからか、何をどう書けばいいのかと迷った。
ので、いろいろなサイトのレビューを見てみた。
いろいろ読んでたらいろいろ疑問が湧いてますます何を書けばいいのかわからんくなった(笑)

例えばこの本を「偏っている」という人がいるが、何をもって偏っていると思うのか。
そもそも偏っていると判断できるのは自分が「偏っていない」ことが前提になる。
果たして「偏っていない」人間など存在するのか?
要するに「偏っている」と感じるのは自分がいる場所からみて「偏っている」にすぎない。

一方で「これこそが正しい歴史観だ」と言いたげなレビューも多い。
そういう気持ちにもなれなかった。
それはこの本の出来どうこう以前に、いわゆる戦後の自虐史観、あるいは東京裁判史観に染まった戦後教育を受け、それをそのまま信じていた私としてはこの本1冊をとって「これこそが正しい!」と言う気にはならない。
歴史観というのは同じ日本人でもいろいろなとらえ方がある。
だからどれが正しいというのは人それぞれ違うだろうし、そもそもどれが正しいと言えるものなのかとも思うので。
だから自分なりに正しいと思える歴史観は、私がこれから多くの文献に触れることで自然と出来てくることだろう。

と、長い前置き・・・。

この本を読んで一番思ったのは「日本人として生まれてきて本当によかった」ということだ。
今までも私は何度もそう思ってきた。
「憲法9条のおかげで戦争をせずに平和に生きてこれた」と思ったこともあったし
こういう戦争の本を読むと「あのときの人たちのおかげで今がある」とも思えたし。
でもなんていうかもっと長い歴史を見ても、日本人はよく外国の人が言うように「勤勉」だったと思う。
なんていうか歴史を「誠実に」あるいは「道徳的に」歩いてきたという感じを受けた。
それは島国だったからとか地理的なこともあるかもしれないし
単一民族(というと批判もあるかもしれないけど)だったからかもしれないけど
とにかく日本の歴史の中で多少の身分の差、貧富の差はあっても
大小問わず戦や争いごとはあっても
一部の人たちを殺してもかまわないとかそういう観点の「残虐的な殺戮」も「奴隷制度」的なものはなかった。
それが小林氏が言うように「日本人は多神教であったこと」が理由かどうかはわからないけど。
私はそれを当たり前のように思ってきたけど、世界に目を向けてみればドイツのユダヤ人に対するホロコーストに限らず、白人は有色人種に対して獣や動物と変わらない感情しかもっていなかったし、中国は今もチベットに対して「民族浄化」をおこなっている。
そう考えると日本人は優れた民族なのだ、というくらいの気持ちを日本人は持ってもいいような気がした。
(謙虚さを美徳とする日本人の感性とは別のところで)

私はこの本を多くの人の読んでもらいたいと思う。
それは「これこそが正しい」からではない。
戦後の教育を受けた人間にとって大きなきっかけになり得る本だと思うから。
特に「朝日は嫌い」「共産党も嫌い」「謝罪や賠償ばっかり求める中国も韓国も嫌い」
でも戦争のことになると「確かに日本は悪いことをした」そう思っている人に読んでもらいたい。
それは一見、戦後のサヨク教育から抜け切れているようで実は全然洗脳されたままだから。
つい最近まで私もそう思っていたし。
私たちサヨク教育を受けた人間がすべきことは自分の価値観を一度壊すことであると思う。
でもこれはとても大変なことだとも思う。
具体的にどうすべきか。
まず、自分が何をどう教わったのかを知ること。
そのひとつひとつが正しかったかどうかを検証すること。
ここで「それに近いことはあっただろう」とか「別の場所ではあったかもしれない」ということは別にして、「従軍慰安婦」にしても「南京大虐殺」にしてもそれそのものが本当はどうだったのかを知ることが大切だと思う。
それをせずに「確かに朝日はやりすぎだけど、日本は悪いことした」と思っているのは
ぶっちゃけただの知ったかぶりだと思う。
(もちろんいろんなことを調べて考えた上で、やっぱり日本が悪いと思うことを私は否定しない)
そういう意味ではサヨク教育を受けた私たちに、この本は大きな疑問を投げかけてくれるだろう。

あとこの本に関して言うとなぜか戦争論3だけは他の本に比べて評価が低い。
というか評価が二分している。
なぜかっていうか理由はわかってるんだけど。
戦争論1や2は他の本でも見られるように「サヨク」批判に対して
3は「保守派」(彼曰く「親米ポチホシュ」)を批判している。
でも私は彼の感情はわからなくはない。
太平洋戦争(大東亜戦争)に於けるアメリカの責任というのは大きいと思うから。
だからといって彼は今更アメリカに対して謝罪しろというスタンスではない。
親米の日本人に対してこの戦争のアメリカの責任をきちんと理解しているのか。
また東京裁判やその後の日本のあり方を考えた時にイラク戦争を本当に支持できるのかと疑問を呈しているだけなので。
私もそれは結構共感できた。

う〜ん、オススメしたい本をレビューするのは難しいですな。
要は「一回読んでみろよ」ってことなので(笑)


あと最後に最近変わってきた私の感情を書いておく。

私は中国や韓国の反日教育を知ったときにすごく腹が立った。
というか「そんな風にしか国をまとめられないなんてなんておろかなんだ」と思った。
その気持ちは韓国に対してはまだ思ってるんだけど中国に対しては変わってきた。
というのは中国が大きな国だからというのもそうなんだけど
中国の歴史を考えたときに中国は大きな国であるゆえに多くの民族がいて
その民族がその時その時中国(という土地・これもその時々でサイズは当然変わる)を支配しているだけなので日本と違って連続性がない。
日本は平安ー鎌倉ー・・・と変わっていくなかでも同じ「日本人」が支配していることは変わらない。
しかし中国はその時々で支配する民族が変わるし、民族が変われば言語も違う。
全く別の人種で、いわば「外国人」のようなものなのだ。
だから「国」という概念が生まれない。
日本人が「日本」を思うようには、中国人は「中国」を思えない。
自分の民族を思うことならできるが。
そういう個々の民族が集まった集合体である中国を一つにまとめるのは容易ではない。
だからこそ外に敵を作る。
同じ感情を持つことでまとまる。
だから中国をまとめる上で、反日感情というのはしょうがないことなのかもしれないと。

とにかく私が思うのはアメリカで原爆を知らない子供がいることや
イギリスでは阿片戦争を習わないとか学校がそういうことを取り上げないことは勝手だ。
中国や韓国が日本を悪く習うのもまぁよし(とは思わないけど相当譲歩して・笑)としても
他国が日本を悪く言おうとなんと言おうと、日本人は日本人として知らなければならない歴史があるし、誇りを持てる歴史がある。
それを知ることは日本人として必要なことではないかということ。

他国の批判に惑わされず、戦後のサヨク教育に惑わされず、1人の日本人として改めて日本の歴史を知ることができるようになりたいと思った。
自分が偏っているかどうか、洗脳されいているのかどうか、それは自分にはわからないし、自分の立っている場所も自分ではわからない。
けれどそれでもできるだけ客観的になろうと努力することが必要なのかも。
それが「我思う、ゆえに我あり」ってことなのかな〜と。

最後はなんか哲学の方にいっちゃいましたけど。
こんな感想です。
posted by ひとみ at 02:20| Comment(9) | TrackBack(0) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月30日

国売りたもうことなかれ

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国売りたもうことなかれ 論戦2005
櫻井 よしこ 著


私は結構小泉さんをかっている。
私が政治に興味を持ち始めた時にはすでに小泉政権だったので、その前までが具体的にどんな風だったかは詳しくはわからないが、なんとなく今までの首相よりもいいことやってるなとは思っている。
靖国参拝にしてもそうだし、まぁこれは時の運だと言う人もいるけれど今まで帰ってくることができなかった拉致被害者を日本に連れ戻すことができたこともそうだ。

しかしこの本を読んで、小泉政権の問題の多さを認識した。
もちろん今までも小泉政権は100%OKと思っていた訳ではないが、改めてあぁまだまだこれだけの問題点があるんだなと思った。
確実に今日本は今までのへこへこしていた外交をやめ、自分たちの意見を強く言おうという動きに変わってきていると思う。
(まぁこれを人によっては「右傾化」というんだろうが)
しかしまだまだ主張できていないことがたくさんある。
中国に対しては油田の開発や尖閣諸島、韓国に対しての竹島問題、北朝鮮への拉致問題(経済制裁)など。
もっともっと強く日本の主張を通さなくてはならないものはたくさんあるなぁと思った。

本書は「週刊ダイヤモンド」や「週刊新潮」に書いた記事をまとめたものなので、割と読みやすくわかりやすいのでオススメしたい。
書かれている内容としては先に書いた対外政策や台湾のこと、小泉政権の問題、教育制度や原発。
特に原発に関しては全く無知だったので勉強になった。
あと中国のチベットへの侵攻のひどさも聞いてはいたが、改めてこんなにひどいもんなのかと驚いた。

最後にこれは有名なニュースなのかもしれないけど、私は知らなくて結構驚いたので引用しておきます。

韓国の新聞「中央日報」の2004年9月の世論調査によると、韓国人のいちばん嫌いな国は日本で41%、次が米国で24.2%だった。興味深いことに、最も見習わなければならない国も、これまた日本で32.8%。米国の14.2%、中国の9.7%を大きく上回っている。さらにおもしろいのは、最も警戒しなければならない国は中国で44.3%、米国28.8%、そして日本は14.8%となっている。

見習うべきことは多く、韓国への脅威になる可能性が最も低い日本は、安心な国ではあるけれど、なぜかその日本がいちばん嫌い、という対日観が見えてくる。冷静に考えれば異なる結果が出るかもしれないけど、日本に対しては冷静になれないでいるのが、韓国人の現状である。


私は正直今まで韓国人はやみくもに日本が嫌いなんだと思っていた。
もちろん原因は反日教育。
確かにこの結果としても日本が一番嫌いとなっているので嫌いは嫌いなんだろうけど、見習うべきだと認めていることや、脅威にならないと思っていることは驚きだった。
普通に嫌いな国を見習いたいと思うか?という疑問はこの反日感情においては通用しないと思っているのでそこはあまり気にならないのだが、素直に「見習わなければならない」ことを認めていることに驚いた。

意外と今の韓国人は冷静なのかもしれない。
靖国や竹島のことになると国旗を破ったり、燃やしたりと忙しい方達がいるし、少なからず他の人たちも良い気分ではないだろうけど、なんかずいぶん冷静になってるのかな〜って思った。

韓国政府の「反日」は国をまとめるための手段であるというのはよく知られていると思うけど、近々それで韓国をまとめることはできなくなるのかも。
・・・・・・・希望的観測だろうか?
posted by ひとみ at 18:31| Comment(0) | TrackBack(1) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月21日

産経抄&新ゴーマニズム宣言スペシャル台湾論

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産経抄―この五年
石井 英夫 著


私は昔から新聞の1面の下の方にあるコラムが好きで
中学生くらいからかな?ほぼ毎日目を通していた。
結婚してしばらくして新聞を取り始めてからもよく見ていたんだけど
(2年ほど毎日でした)あまりおもしろくない。
今は朝日で天声人語を読んでるけどこれもイマイチおもしろくない。
まぁこんなもんかなぁと流していたんだけど
最近読ませてもらっているブログで時々社説ではなく産経抄を取り上げるのを見て
結構おもしろいなぁと思うようになった。
もちろんおもしろかったときを取り上げているんだろうけど。

そんなわけで図書館に行ったらこの本があったので読んでみることにした。
どうやら今の産経抄を書いている人ではなく、前の人みたいなんですけど。

いわばエッセーみたいなもんなので特にどう思ったということもないんですが
どれもおもしろい。
政治的なものもあれば故人の話や自然の話。
いろいろあるんだけどこれがどれも結構おもしろい。
あっという間に読めました。

一つ思ったのはこの本に収められているのは平成8年からで
ってことは私が高校生のときからなんだけど。
私が学生の頃は今よりも自虐的歴史観な教育で
いわゆる「従軍慰安婦」とか「強制連行」とかならった世代なんだけど
それが普通だったころからこうやって異論を唱えていた人がいたんだなぁと改めて感じた。
こういう人たちの根強い運動で今徐々に変わり始めているのかもしれない。

そういう意味では「小林よしのり」氏も同じだ。

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新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 台湾論
小林 よしのり 著


これを読んで台湾って本当に複雑な国なんだなぁと思った。
オランダ統治時代、日本統治時代、蒋介石時代、そして今。
あまりに複雑で上手に説明できないので、この本を読むことを薦めますが(笑)

これを読んでいると「日本人とは何か」「日本人らしさとは何か」ということを考えさせられます。
台湾に行きたくなるしね〜。

私たちはときに政治家に命を預ける。
ある人が言っていた。
「阪神大震災のとき、村山内閣じゃなかったらもっとたくさん救えた命があったと思っている」と。
台湾の地震のときの李登輝(当時)総統の働きを見ると本当にそうだなと思った。
そういう意味でも強いリーダーシップを発揮できる人
「公」の為に命をかけられるほどの政治家というのが日本には必要なんだなぁと思った。

他にもたくさん思ったことはあるんだけど。。。
金美齢さんがそっくりだったとか(笑)

あんまり彼の本ばっかり読むのもどうかと思うけど
戦争論も読んでみようかな〜。

靖国論&台湾論はオススメです。
図書館にもあるので是非。
posted by ひとみ at 21:25| Comment(4) | TrackBack(1) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月10日

新ゴーマニズム宣言SPECIAL 靖國論

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新ゴーマニズム宣言SPECIAL靖國論
小林 よしのり 著


図書館で予約してから約1ヶ月。
やっと手に入りました♪
実はゴー宣という本があることは知ってたんですが、読むのはこれがはじめてです。
読み応えたっぷりでおもしろかったです。
「靖国神社ってそもそも何?」とか「なんでこんなに騒がれてるんだろう?」って思っている人には是非。
ある意味、「嫌韓流」よりオススメしたいマンガかも。

私はこの本を読む前から首相の靖国参拝、天皇陛下の靖国参拝は賛成でした。
また最近よく出ている「無宗教による慰霊施設の設立」には反対の立場でした。
理由はとても簡単なことです。
今、靖国に眠る英霊たちが靖国に祀られることこそ本望と思い、亡くなったからです。
たとえば自分の親であっても、親が死んだときは親が生前願っていたように祀ってあげたいと思いませんか?
骨はどうしてほしいとか、葬儀はどうしてほしいとか、そういう生前の声に最大限応えてあげようと思いませんか?
それを亡くなった後の都合で、ハイこっちからこっちに移動しましょうよって簡単にできますか?
もちろんそうしなくてはならない状況も自分の親ならあるかもしれないけど、間違いなく抵抗感があるでしょう。
それをどうして政府主導でやっていかなくてはいけないのかと疑問です。
お国の為に戦って、靖国に祀られることを望み、そうやって亡くなった人に対して
お国の為に命もかけられないような今の国民が「ハイアンタ達移動!!」なんて言えませんよ。

そして彼らは国の為に命を捧げ、天皇陛下に命を捧げたわけです。
それを国のトップが、天皇陛下自身が参拝して何が悪いんでしょう?
私には理解できません。

この本を読んで、この考えは変わらないどころか一層強くなりました。

またこの本で勉強になったことは
私的参拝と公式参拝のこと。
つまり「政教分離」の考え方の話。
靖国神社の成り立ちの話。
それからこの靖国問題が問題化したのは中国や韓国ではなく朝日新聞だったという話は知ってましたが、それに対して中国は最初日本政府との約束を守り、批判を抑制していたという事実。

序章にこんな言葉があります。

だが戦死者は苦しい「公」と「私」の心情の葛藤の果てに、ついに「個人」としての決断を下して、国のために死んだのだ。


私は戦後の日教組教育をもろに受けて、「強制連行」も「従軍慰安婦」も習ってきた世代。
そんな私たちが戦死者を思うとき、「本当はこんなことしたくなかったんじゃないか」と思う。
例え「天皇陛下万歳!」と叫び死んでいっても、やっぱり心の中では「おかあさん」って思ったんじゃないかって。
そう思わせるようなドラマや映画も多かったし。
「こんなことをして何になる!」みたいなノリ。
でも最近は本当にそうだったんだろうかと思う。
愛国心教育を一切受けていない私たちには到底想像もできないだろうが、彼らは本当に建前だけで「天皇陛下万歳」って言ったんだろうか?

戦死者の中にはハタチ前後の青年もたくさんいた。
母を思い、妻を思い、子を思い、「私」の感情で考えれば死にたくはなかっただろう。
でも家族を思うくらいに、ときにそれ以上に「国家」「天皇陛下」を思ったのではないだろうか。
それが正しいとか正しくないのレベルではない。
いいとか悪いとかいうレベルでもない。

ただ言えるのは今の価値観で当時の人の事を考えるなと言いたい。
私たちの価値観で言えば「本当は死にたくなかったんだよ」と思うかも知れない。
そう考える方が自分たちにはピンと来るからだ。
でも果たしてそれが真実か。

こういった「私」と「公」の狭間の中で死んでいった人に対して
一国の首相が「私的参拝」などありえるのだろうか。
戦死者に対して失礼極まりない。

こういった話のときに出てくるのが「政教分離」である。

政教分離という概念が私にはイマイチわからなかった。
確かに政治の中に特定の宗教、あるいは宗派が入り込むことは危険だと思う。
それは排他的になるからだ。
でもあまりに分離させすぎると極論「政治家は無宗教でなくてはならない」ことにならないか?と。
この謎がこの本で解けた。

そもそも政教分離を説いた今の憲法はアメリカによって作られたものだ。

そのアメリカでは、信教の自由を守るために、キリスト教の特定の宗派を優遇しないとしただけのもので、「政教分離」自体が原理・原則になっているものではない。

アメリカでも大統領就任式には、「聖書」に手を置いて宣誓する「宗教行事」をやっているだろう。

どこの国にも伝統・文化にのっとった政治と宗教の結びつきがあり、それは、それぞれの国柄として、尊重されるべきものである。


要するに「政教分離」の考え方には「完全分離主義」と「限定的分離主義」があり
前者は現実的ではない。
なぜなら完全に分離するなら宗教建築を国が保護したり、宗教系の学校に助成金を出すことも憲法違反になるし、

政(まつりごと)は、国民の価値判断の基底をなす宗教から、完全に分離することはできない。


から。

つまり特定の宗教に対して援助、助長したり、逆に圧迫・干渉したりさえしなければ国が宗教に関わっても憲法違反にはならない。
(という判決も過去に最高裁で出ている。)

私が思うのは首相が私的参拝だろうと公式参拝だろうとどうでもいいのだが
三木武夫首相(当時)が私的参拝だと言ったせいで毎年続いていた天皇陛下の参拝がそれ以来できなくなったことが問題だと思っている。
天皇陛下に「私」はないので私的参拝することができないから、自粛しているのだ。
私はこれが残念に思う。
なぜなら何度も言うように祀られている英霊は天皇陛下の為に戦ったからだ。
彼らが一番来て欲しいと思っているのは家族以上に天皇陛下だと思うから。
これが一番哀しくもあり、英霊達に対して申し訳ないと思う。

他にも「靖国神社の成り立ち」や「日本・中国・アメリカ(キリスト教)の死者・死後の考え方の違い」などなどたくさん勉強になったのだが、「私か公か」の話がずいぶん長くなってしまったので、あとはこの本を読んでみてくださいということでやめておきます。

いつか私も靖国神社で手を合わせたいな。

靖国神社に行かないような首相はこっちから願い下げだっっ!!
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2005年10月06日

インドネシアの独立と日本人の心

その前に前回のエントリーにたくさんのTBありがとうございました。
どれも本当に参考になりました。
こんなブログですが、これからも見捨てないでやってください♪


インドネシアの独立と日本人の心
独立戦争に参画した人々が語るアジア解放への熱望と歴史の真実
総山 孝雄 著


以前、このブログでも紹介したのですがインドネシアの独立について語られたブログがあって。
8月19日の記事参照

その時からいつかそのことに関する本を読もうと思っていました。
でもその頃は読みたい本がいっぱいあって
あれから1ヶ月がすぎたところでようやっとその関連本に行き着くことができました。
図書館の検索PCでタイトルだけで見つけて借りたものです。

著者は実際戦時中にインドネシアに出兵された方で、インドネシアの独立に大変貢献された方です。

今現在インドネシアの教育がどうなっているかはわかりませんが
この本が発売された10年前はインドネシアも他国と同じように
「日本は邪悪な侵略者」と教育をしていました。
しかしインドネシアと日本は一度も戦ったことはなく
インドネシアは自国の独立のために、そして日本もそれを応援するべく共に同士として戦ったのです。
なので戦争を知っている世代の人々の多くは日本に対して好意を持っています。
しかし戦後教育でこういった教育がなされていることを著者は大変残念なことだと思い
また戦時を知っている人々がこれから減っていく中で
インドネシアと日本の関係が戦後の教育の中でねじれていくことを危惧しています。
(あとがきに「インドネシアはついに歴史是正のために動きだした」とあるので今どうなっているかは定かではありません)

まず日本とインドネシアの関係を。
日本が明治維新を経て、近代化したとき、日本の周辺のアジア諸国で
れっきとした独立国家だったのは日本とタイだけでした。
あとはインドネシアもインドもマレーシアも全て列強の植民地でした。
インドネシアは300年以上オランダの植民地でした。
そのため日本はアジアの独立の為に戦います。
(もちろんそれは日本の利益の為でもありました)

そして日本はアジア諸国を次々占領し、独立させます。
同じようにインドネシアも占領しますが、日本政府はインドネシアはまだ
自分たちで国をまとめる力がないとしてすぐには独立させませんでした。
なのでインドネシアの日本兵たちはインドネシア人に行政や軍政を徹底的に教えます。

しかしその後、日本は敗戦濃厚となりついに敗戦。
敗戦国となってしまった日本はインドネシアの独立の為に共に戦うことができなくなりました。
武器を渡すこともできません。
しかしそれではインドネシアがオランダに勝てるはずがありません。
なので日本兵はインドネシア人が武器を奪ってきたときには抵抗せず、渡すようにいいます。
直接共に戦うことも援助することもできない敗戦国でありながら
日本は武器を「奪われた」形でインドネシアに流し、インドネシアはついに独立するのです。

この本の中には多くの日本人とインドネシア人が相談し、力を合わせて
独立に向け、努力している様子が書かれています。

高校時代、私は「大東亜共栄圏という虚構の理想」と習いました。
確かに日本のそういった考えの中には「その中心は日本である」という考えがあったと思います。
全てが正しかったとは思いません。
でも日本が目指したアジアの独立はそれまで白人が強く黒人・黄色人種は下という世界的な常識とも言えた構図を壊すことに繋がったのは間違いありません。

そしてこの本の中にはどうしてインドネシアの教科書が日本を侵略者といっているのかその原因がまとめられています。

1.極東軍事裁判(東京裁判)の政治的判決
  これによって日本のみならず、世界中の国々が日本やドイツを良く言うことはタブーにあったこと。

2.終戦後のインドネシア人と日本人の争乱
  日本人は敵だというデマが流れ、インドネシア人が日本人を虐殺。
  その報復として日本人が反撃というパターンだった。
  その情報を流したのはオランダの特務機関の謀略員であるか、共産党の過激分子であると見られている。

3.敗戦後の武器の流れ
  先に書いたように日本はインドネシアを援助することができなかった。
  そのため日本人はインドネシア人に武器を与えるときに、抵抗するように装い
  連合軍にも抵抗したが奪われたと報告した。
  またインドネシア人も日本人が戦犯にとられることを避けるために自分たちで奪ったとした。
  これが公式記録として残った。

4.日本軍の占領下でのインドネシアの苦痛
  日本軍が占領した当初、インドネシア人は日本を歓迎した。
  しかし敗戦の色が濃くなると日本はインドネシアに物資を届けられなくなり激しいインフレが起こった。
  それにより「オランダの植民地だったときの方がよかった」という人もいた。
  しかしインドネシア人の多くはアジア独立の為のやむを得ない苦しみであると理解していた。

などなど。

読んでいて一番思ったのは「これが戦争だ」ということ。

インドネシアにいた日本軍がどれほどインドネシアの為に働いたか
それを多くの日イ両国の戦争体験者は知っている。
しかし戦争に負けた。
それだけでその功績は闇に葬られ、逆に罪を着せられることもある。

日本人が「日本はこんないいこともした」と言っても
それは「言い訳」としかとらえられないし
多額の援助をしても「侵略したんだからしょうがない」と言われ
戦争をしたからという理由で60年もやれ賠償だ、謝罪だと言い続けられる。
(まぁこれは特殊だと思うが・笑)

つまり戦後日本が世界にたいしてどんだけいいことをしても
それは「侵略した過去」と比べられると結局どっこいどっこいになってしまう。

今地球上ではいろいろな事が起こっている。いつまでも日本人であることを卑下し、諸外国の顔色だけを窺って右往左往するのはもう止めにしたい。戦争とはお互いに相手国を攻撃して殺戮や破壊を与えるものであって、それを罪だとすれば罪人は敗者だけではない。戦中の行為に関して非難したいことは双方にあり、謝罪しなければならないとすればそれは双方の問題である。戦争には勝者と敗者が生じ、敗者が賠償を払わされるのは止むをえない。しかしそうして平和条約が結ばれたら以後はすべてを精算して対等に戻るべきである。

戦後すでに半世紀を経て、日本がこれだけの国力を備えたからには、世界の平和と正義とに責任を持つ指導的な国々の一つとして、未来へ向かって主導的な発言と努力をするのが、われわれの世界人類の責務ではなかろうか。



こんな当たり前のことがやっと今できる状況に日本はなってきた気がする。

これからの日本人は「戦争に負けたから」を理由にまわりにへこへこするのではなく
日本人が歩んできた道に誇りを持って、自らの意見を言うべきだと思う。



歴史的な流れ、間違いがあったらご指摘ください。
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2005年09月28日

日本の問題点をずばり読み解く

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「日本の問題点」をずばり読み解く
この国をダメにするもの 良くするもの
三宅 久之 著


私はおもしろいと思えた本でした。
珍しくダンナも興味を持ったようで、今読んでいます。
(私が読んでいる本などいつもスルー。読んだのは嫌韓流だけ・笑)

ぶっちゃけ浅く広く日本の問題点を挙げているので
政治に詳しい人にとっては非常に物足りないと思いますが
なんとなく政治を勉強したいなぁと思っている人の入門書としてはいいと思います。

内容を目次から挙げてみると
小泉首相について・大増税時代・政治家の善し悪し・自衛隊派遣問題・対米政策・北朝鮮問題・靖国参拝・反日問題・少子化・ジェンダーフリー・学力低下・マスコミの利用・米軍基地、原発問題・マスコミの不祥事
と、まぁこんな感じです。

もちろん日本の問題点をただ挙げているだけではありません。
当然そこには三宅先生の意見が入ります。
私自身は割と三宅先生に近い意見だと思うので
「やっぱりそうだよね〜〜」と思いながら読んでましたが
どこが事実で、どこが意見であるかを意識しながら読むことも必要かと思います。

最近私のまわりでも政治のことをもっと知りたいと言う人がいます。
これも郵政で国民の意識を自分たちにむけさせた小泉さんの影響なのかなぁ。
郵政に限らず勉強したいって言ってる人をみかけるようになりました。
でも政治ってそれこそいろんなものがあるし、知りたいから教えてくれと言われても
私にはなんのこっちゃという感じです。
靖国参拝のことを教えてとか具体的に言ってくれればまた説明のしようもありますが。
まぁそんなわけで「少子化」だの「靖国」だのいろいろ言われているけど
一体それの何が問題になってる訳!?と思っている人にはわかりやすい本だと思います。

個人的にはやはり教育に興味があるのでジェンダーフリーの性教育とコラムにあったイギリスの歴史教育の仕方はおもしろかったです。

ジェンダーフリーの性教育も今かなり問題になってますね。
「ジェンダーフリー 性教育」で検索すると相当のサイトがヒットするかと思われます。
少し前もテレビでやっていましたがいわゆるG7の中でエイズ感染者が増えているのは日本だけです。
高校生や10代の性病も増えていると聞きます。
そういった意味では性教育は絶対に必要なものだと思います。

でもねぇ。
「コンドームでは避妊できないから低用量のピルを飲みましょう」とか
ラップの使い終わった芯を男性器に見立てるとか
そういうことじゃないでしょう。。。
今までも何度かこういったジェンダーフリー論者の性教育の話をまとめたサイトを見たことがありますが、将来、ウチの子供がこんな教育を受けて帰ってきたらどうしようかと思うと気が気じゃないですよ。
引越や転校も考えてしまうと思います、ハイ。

10代の学生に教える性教育っていうのはこうだっていうのは難しいけど
もちろん体の仕組みを教えることも必要。
ただ大事なことは性交渉をするというのはいろんなリスクを背負うということ。
だからこそ本当に愛する人とお互いに責任が持てるようになってからしましょうとか
そういうもっとメンタルなことをやるべきだと思う。

この話の中では田嶋陽子氏のコメントが引用されていますが、この人の考えってなんでこうワンパタなんだろう。
私のまわりにはたくさんの専業主婦がいるけど、ほとんどの人は家族の為に家で働く自分に誇りを持っていると思いますよ。
すくなくとも男や子供の奴隷だと思っている人はいるのか?って感じです。
もちろん時にそう感じるときもありますが、それは仕事をしていても同じだと思うし。
いいことばかりではありませんが、田嶋氏の言うような悪いことばかりでは決してないと言いたいですなぁ。

もうひとつはイギリスの歴史教育。
簡単に言うとイギリスでは義務教育の間、負の歴史(植民地支配の実態や阿片戦争など)は教えません。
いかにイギリスという国は立派であったかを教えます。

子どもの頃の教育は、自分の祖国に誇りや自信を持たせるように教えるのは当たり前です。高校や大学に行けば、黙っていても負の側面を知るようになるでしょう。それが教育というものであって、日本のように子どもの頃から、「この国は悪い国だ」と教え込むのはどうかと思います。


義務教育の時間は本当に限られています。
その間に何を教えるのか、それはとても難しい問題です。
でも私は一概に正の歴史、負の歴史とは言えないにしても、負の部分よりは多く正の部分に時間を費やして欲しいと思う。
そうすると当然隣国からは今以上の批判が集まるでしょう。
でもそれに屈してはいけません。
どこの国にとっても愛国心を育てる教育は必要なわけですから
他の国にとっては不満があるのは当然です。
アメリカの学校では原爆を教えないとか、中国では天安門事件はスルーだとか
本当かどうかは知りませんがそういうことは多々あると聞きます。
それはその国にとって負の歴史だから。
(中国の場合は中国共産党にとって負の歴史というべきか)
決して「負の歴史を教える必要はない」といいたいのではありません。
限られた時間の中での優先順位を考えてほしいということです。

戦後60年がたってやっと日本人が日本について意見を言えるようになってきた
そんな感じがします。
今こそ日本は変わるべきだなと思いました。
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2005年09月24日

満州国は日本の植民地ではなかった

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満州国は日本の植民地ではなかった
黄 文雄 著


図書館にあった新刊です。
予約している本がなかなか届かず、その間を埋めるつもりで読み始めました。
どうやら一番最初に借りた人みたい(*´∀`)

まぁ内容はタイトル通りです。
・満州は日本の支援によって独立するまでほとんど無法地帯であったこと。
・日本の敗戦まで満州が中国の一部だったことは歴史上一度もないこと。
 (中国の歴史観の歪曲)
・台湾や朝鮮半島同様、日本の支援によって近代化し、安全な地になったこと。
などなど。

私はもう6年以上前ですが、中国に行ったことがあります。
大学で第二外国語として中国語を習っていたので、せっかくだし行ってみようかと思いました。
北京・西安・上海を2週間かけてめぐりましたがその時に日中戦争のきっかけとなった盧溝橋に足を運び、隣にあった抗日記念館にも行きました。
盧溝橋は北京の中心地からタクシーでも20分程度しか離れていませんが、とても古びたというか、本当に田舎でした。
そんなところをなぜ日本人の観光客が歩いているんだって感じで見られていたような気がします。
「意外と観光客のこないところなんだなぁ〜」と思いながら歩いて、記念館に入りました。
印象深かったことは北京の観光地、紫禁城などは全て中国語と英語で説明文が書かれているのに対し、抗日記念館は中国語と日本語(英語もあったかな?)で説明があったことでした。
また「満州国」という表記はなく、全て「偽満州国」でした。
当時はネットもしていなかったし、中国の歴史教育がいかに歪んでいるかも知らなかったし、単純に日本は中国に侵略戦争をしかけたと思っていたので
申し訳ないなぁという気持ちで出てきたことを覚えています。

ただ今思うのは、戦争を否定すること、これは人として当然のことです。
今日本が戦争を起こそうとしたら私を含め日本人のほとんどは反対するでしょう。
戦争で人は幸せにはなれないと思うし、憎しみしか生まない。
それはわかります。
でもそれと歴史認識は違うと思うのです。

私たちはなぜ日本が戦争に踏み切ったのかを知りません。
日清戦争が起きて、第一次世界大戦が起きて、日露戦争があって・・・。
原爆を落とされて、負けた。
この流れしか知りません。
その事実だけをもって「戦争反対」って言うのは簡単です。
でもそんなことは小学生でもわかること。
私たちにはもっと知らなくてはならないことがあると思うんです。

安易に「戦争をした人は悪い人」って考えるのは簡単だけど
今と60年前、100年前は状況が違います。
それは極端な話、縄文時代の人になんで電気を使わないの?っていうのと同じだと思います。
たとえ同じ近現代であっても、100年前の日本と日本をとりまく国々の状況は今と全く違います。
私たちは戦争に負けたから彼らを犯罪者扱いするのではなく
当時の日本が何を考えていたのか、何を目的としていたのかを知る必要があると思うのです。
それを少しずつ知っていっているいま、果たして彼らだけが責められるものなのだろうかと疑問に思っています。

中国や韓国の新聞なんかを見ているとやたらと「妄言」という言葉が使われています。
自国の歴史観にあわないものは全て妄言。
おそらくこの本も彼らにしてみれば妄言以外のなにものでもないでしょう。
他国の人間が勝手に、自分の国の都合のいいように歴史を歪曲するのは勝手です。
でも自国の人間がそれを鵜呑みにしてはいけないと思う。
自国民こそ、他国の人がなんと言おうときちんと自国の歴史をとらえ
日本がどんなに素晴らしい国であったか、あるいはどんな過ちを犯したのか
それをしっかり知る必要があると思うのです。
もちろんお隣の国のように自国のすばらしさにおぼれるがゆえ、客観的に歴史を見ることができなくなるのは困るけど。

少し前に「日本の歴史」という番組がありましたが、あれを見ていても思ったけど日本人ってすごいと思うんですよ。
「いいとこ取りが上手い」なと。
例えば、有名な織田信長の足軽鉄砲隊にしても、他のものが自分よりいいものを持っていたらそれを積極的に取り入れ、改良し、自分のものにしてしまう。
幕末の長州藩や薩摩藩にしても、そういう能力が抜群にあると思う。
だからこそ明治以後の急速な近代化ができたんだと思う。
外国・列強イコール悪いものではなく、相手のいいところはどんどん盗む。
それを自分のものにして発展させていく。
この能力が高いからこそ、日本のような有効な資源もろくにない島国がここまで発展したんだと思う。

近現代の歴史に限らず、歴史を知ると知れば知るほど日本人ってすごいなぁと思うんです。
それこそが歴史を勉強する本当の意義だと思うし。
こういうことを学校で学べたらいいのにねぇ。

過去の戦争の理由を私はさまざまな本で今探っています。
まだまだ理解しきれていません。
こうやって過去の過ちに理由を探すことは、言い訳することは軍国主義に繋がるのでしょうか?
過去の戦争を認めることは、未来の戦争を連れてくることになる?
私はそうは思いません。

何度も言いますが今と100年前は全く状況が違います。
少し前に読んだ「東京裁判〜もう一つのニュルンベルク〜」という本にこんな説明がありました。
当時、戦争そのものは違法ではありませんでした。
敗戦後に作られた極東国際軍事裁判所条例(極東国際軍事裁判所憲章)によって彼らは裁かれることになります。
要するに事後法、後に出来た法律でその法律前に起こったことを裁いたのです。

東京裁判(極東軍事裁判)の位置づけはこうでした。
たとえ人を殺してはならないという法律がなくても、人は倫理上人を殺すことは悪いことだと知っている。
だから人を殺すことを禁止する法律が出来る前に起こったこともその法律で裁くことができる。
逆に10時以降外出してはならないという法律があったとする。
果たしてその法律が出来る前、10時以降に外出していた人はそれを悪いことだと思っていただろうか。
当然、思っていないのでこの法律が出来る前のことを裁くことはできない、と。
要するに東京裁判にかけられた人は前者で、悪いことと知っててやったのだから
法律があろうとなかろうと罪は罪という考えでもって裁かれたのです。

このこと一つをとっても今と当時の状況が全く違うことが伺えます。
私たちはもっと過去のことを知った上で、それを知って初めて
真の「戦争反対」が言えるような気がするのです。
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2005年09月17日

落日燃ゆ

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落日燃ゆ
城山 三郎 著


友達に勧められて読んだ本。
この本は戦後の東京裁判によって絞首刑となったA級戦犯の1人、広田弘毅について書かれた本である。
A級戦犯の中で絞首刑になった人は7人いる。

土肥原賢二 (陸軍大将)
板垣征四郎 (陸軍大将)
木村兵太郎 (陸軍大将)
松井石根  (陸軍大将)
武藤章   (陸軍大将)
東条英機  (陸軍大将・陸相・首相)
広田弘毅  (外相・首相)

7人中6人が軍人、広田弘毅1人が文官であった。

彼は決して戦争をやろうと躍起になっていたわけではなく、むしろ逆である。
満州や(今の)中国国内で次々に起こる、陸軍(特に関東軍)の暴走を外交の手でなんとか止めようと奔走した。
できるかぎり中国ともソ連とも友好的に解決することを目的とし、地道に信頼関係を築こうとしていたのである。
しかし軍隊は当時の憲法により統帥権を持っていたため、政府から独立していた。
広田は政府の力で軍隊を沈めようとしたが、状況は逆であり、軍隊の力が政府に及ぶようになってしまった。

結果、敗戦。

その後の東京裁判において、多くの裁判官や検事はこの事実を認めなかった。
政府優位のアメリカにとっては、軍隊が暴走することなど考えられなかったのだ。
ゆえに軍人以外から戦争をけしかけたとする人間が欲しかった。
その格好の相手が広田弘毅だった。
広田は自分の信条からそれを受け入れようとする。

この東京裁判にはさまざまな問題があった。
まず、資料を全て日本語から英語に翻訳しなくてはならず時間がかかったこと。
特に弁護側はひどい人員不足であった。
証人が中国人になるとさらに話は複雑にならざるを得ない。
しかも欧米は日本よりもドイツに気をとられていた為、日本の当時の状況を理解している人はほとんどいなかった。
その上、戦勝国はこの裁判の判決を急いだ。
ゆえに多くの弁護側の書類や訴えは却下され、検事の提出する証拠ばかりが受理された。

広田は暴走する軍隊の行動を糾弾せず、何の処置もとらなかった。
また広田がおこなった協和外交は欺瞞外交であったと検事側は決めつけた。

そして7人の絞首刑が決まる。
11人の判事が6人の軍人を7対4で死刑とした。
しかし唯一の文官である広田は6対5とわずか1票差であった。

この裁判の時からインドのパル判事はこの裁判そのものを批判しているし
のちにこの裁判を進めたマッカーサーですら、東京裁判は誤りだったと証言している。

当時、主権を持っていなかった日本が東京裁判を批判することなどできなかった。
しかしここ最近になって東京裁判についての討論が多く聞かれるようになった。
(「たかじんのそこまで言って委員会」でも「東京裁判は正当か?不当か?」を取り上げたことがある。
詳しい内容はこちらを参考に)

私は今更裁判をやりなおせとか、どこぞの国のように謝罪しろとかそんなことは毛頭思わないが、多くの日本人がまず東京裁判がどういったもので、どこに問題があったのか、何を目的としていたかをきちんと理解することが必要だと思う。
また靖国問題に関しても安易に「A級戦犯がいるから」という理由を言い続けるのではなく、A級戦犯となり絞首刑となった7人はどういう人間なのか。
彼らの何が罪に値するのか。なぜ彼らは死刑になったのか。
このことを知るべきだと。
少なくとも「東京裁判で裁かれた犯罪者だから」という理由はあまりに無知だとこの本を読んで思った。

彼のように「自ら計らわず」の精神が良いのか悪いのか、私にはよくわからない。
しかしこういう生き方をした人がいたこと、日本を救おうとした人がいたことを忘れてはいけないと思った。
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2005年09月09日

親日派のための弁明 その2

まずは「親日派のための弁明」を先に読んでください。

先の記事ではおおまかな併合への流れを書きましたが
その2では実際に本を読んで興味を持った部分について話したいと思います。

【1】台湾と韓国を比較する

台湾と韓国の境遇は実に似ている。
日清戦争後、日本は台湾を統治下する。
日露戦争後、日本は韓国(朝鮮半島)を統治下する。
両国とも以前は中国の統治下にあった。
が、今現在の両国(台湾は国って言っていいのか?中国サマに怒られそうですが・笑)の日本への対応は大きく違っている。
韓国では反日教育が徹底されているのに対し、台湾は親日派が多いところとして知られている。

統治下において、日本が韓国と台湾への対応が違っていたのか?
その差はほとんどないように思われる。

まず日本が最初に統治下においたのが台湾だった。
しかし当時の台湾と日本の文化や生活の程度は全く違っていたし
高温多湿の気候であった上、衛生環境が劣悪だった為、さまざまな病気が蔓延していた。
最初の数年、日本は台湾に手をかけようとはしなかった。
理由は簡単で、近代化された日本とまだまだ発展途上の台湾がひとつの国になるためには、日本は多額の投資をしなくてはならなかったからだ。
しかし日本は後藤新平の手によって台湾の近代化の基礎を築いた。
その後日本は戦争に敗れ、台湾を手放したが
日本が台湾に残したこれらの基礎がその後の台湾の成長に大いに貢献している事は
今の台湾の発展状況を見る限り間違いないものと思われる。

これは韓国も全く同じ事が言える。
台湾の人々は今の台湾があるのは日本の統治を受けたことが最大の理由であるとして
(若い人たちがそこまで知っているかはわからないが)
日本に対して好意的で、多くの産業においても日本とは強い結びつきを持っている。
一方、同じように貧しい農業国から工業国への発展した韓国は
これらの事実を一切認めず、敵対した態度を崩していない。
彼らはまず日本統治下になる前に朝鮮は清国の属国であったことすら認めていない。
併合下において日本が朝鮮近代化に大きく貢献したことを
多少認めている人がいても「それは日本に頼らなくてもできた」という。
しかし当時の状況を考えれば、朝鮮が一つの独立国家として維持していくことはまず無理で、日本以外の中国やロシアの手に渡っていたら、果たして同じような状況になっていただろうか?

韓国はやたらと「植民地時代」という言葉を使うが
日本の統治と欧米のアジア諸国に対する植民地は根本的に全く違う。
植民地されたアジアの国々は力を持つことを許されなかった。
常に欧米が上でアジアが下という上下関係がはっきりとしていた。
しかし日本の統治は違う。
朝鮮人も日本人も台湾人も同じ「日本人」であり同じ憲法のもと、同じように扱われた。
日本は台湾や朝鮮を「植民地」にしたかったのではなく同じ「日本」にしたかったのだ。
だからこそ朝鮮にも台湾にも莫大な金額を投資し、近代化させたのだ。

もちろん日本が朝鮮に手を出したのは大陸進出という大きな目標のためだった。
朝鮮の併合はその足がかりであった。
そのために、たいして日本と気候も変わらず、特別何かの資源があるわけでもない
朝鮮の為に大金をつぎ込んだのだ。
しかしここには相互に利益があったことは確実である。
日本は大陸進出の足がかりに、韓国は近代化し、豊かな生活を手に入れることができた。
当時の韓国の状況を韓国の人々はもっときちんと理解すべきなのは一目瞭然である。


【2】アメリカによる反日感情

今年の終戦記念日前後、やたらとテレビで目にしたのが「原爆は実験だった」という話。
(8月8日付「たかじんのそこまで言って委員会」参照)
そして日本の自虐的な歴史観はGHQによって始まったということ。
これに加えて思うのが韓国の反日感情も原点はアメリカが作り出したものではないかということ。

つまり、敗戦後日本同様韓国もアメリカの統治下にあり
アメリカは日本がまた以前のように強い国になることを恐れていた。
そのために日本自身に自虐的な歴史観を植え付け、たとえ強くなっても
原爆を落としたアメリカを恨まないように、反米感情を植え付けない教育を進め
隣の国にそれを監視させるべく、反日感情を植え付け
日本が何かやろうとするごとに日本叩きをさせる。
こういう教育にプラス朝鮮人の熱くなると相手の話も聞かずに
絶対に自分の非を認めない性格も相成って反日感情は成長(?)したのではないかと。

こう考えれば考えるほど、憎むべきはある意味アメリカの駒になっている韓国ではなく
アメリカそのものではないかと思うんだけど。
だからといって反米感情っていうのは生まれないし、今も昔もアメリカに対する感情は変わりません。

なんとなく反日感情も同じではないかと思うんですね。
韓国の歴史学者や、日本や海外にいる韓国人はやっぱり反日感情が政府によって意図的に作られているっていうのはなんとなくわかってると思うんです。
だからこそ日本人も反韓感情を教え込まされているんだろうと思っている韓国人も少なくない。
で、そういうところには疑問を持っていても、自分が習った歴史そのものは間違っていない気がする。
多少誇張があったかもしれないが、独島は韓国領土だし、日本は韓国にひどいことをしたと。
この不思議な矛盾。
疑問を感じても全てを疑うことはしない。
これを疑い出すと自分の今までの価値観が全部崩れるから。
だから気づいても気づかなかったように、見て見ぬふりをしている人。
あるいは言論の自由がないので思っていても、違うんだってわかっていても他人には言えない人。
そういう韓国人って多いんじゃないかなぁという気がします。
まぁ想像ですけど。
今更私がアメリカを恨めないのと一緒で、反日感情も簡単には捨てられない。
結局それくらい教育って人の根幹になる部分で、ある意味恐ろしいものだということなんでしょう。


【3】他国から見た日韓関係

まぁこういろいろ言っても韓国がいきなり日本に対して好意的になるとはまず考えられない。
では他の国々はどう考えているのか考えてみたい。

以前にも話したことがあるが、小泉さんの靖国神社の参拝を公式で反対しているのは中国と韓国だけである。
アメリカやインドネシア、マレーシアなどの国々は参拝を支持し
実際に要人が日本に来たときに靖国参拝をするのも少なくない。


またこの本曰く

2001年6月、アメリカの『タイム』誌はウェブサイトをとおして「日本は過去におこなった戦争にたいして謝罪しなければならないか」という内容のアンケート調査をしたことがある。世界の回答者のうちの60パーセント以上が、そんな必要はないという答えを選択した。これは日本による大東亜戦争が、ヨーロッパ・ファシズムがおこした戦争とは性格がちがうものだという認識が国際社会に広まっていることを物語っている。このアンケート調査では、韓国人が大々的に動員をかけて「YES」をクリックする運動を展開したが、韓国人の視点が国際的な感覚とどれほどかけ離れているかを端的に示す結果となった。


過去にアジア諸国を植民地化したことのある欧米が謝罪する必要はないと答えるのは、当たり前という感じもするが、当時欧米の植民地で辛い生活を送っていたアジアの国々ですら、靖国参拝に賛成したり、謝罪する必要はないと答えていることは非常に興味深い。

さらに著書の最後にはアメリカに留学している韓国人学生の話が紹介されている。
アメリカの先生に「韓国政府は歴史を誇張している」と言われ激怒した話や
アメリカの歴史教科書の韓国に対する記述に文句をつけている話である。

結局こうして韓国が世界から孤立していくことでしか、韓国の性質が変わることはないような気がする。
それは気の遠くなるくらい先に話かもしれないが。

今までいろんな反日の本を読んできたが、日本の中で起こる反日(メディア・教育・政治家)は日本人の手で変えていく必要があるが、韓国人の反日に対しては幼子を諭すような「ハイハイ」って感じでいればいいような気がしてきた。
意見を求められれば自分の思うとおりに話をするが、相手が騒いでるだけならほっとくっていうか(笑)


ところで話は一転。
私の住む市の図書館(いくつかあるがどの図書館の本も借りることができる)の検索を見ていると「嫌韓流」は未だにないのに「マンガ中国入門」はあった。
その差別の意味がわかんないけど(笑)とりあえず予約してみた。
「ゴーマニズム宣言靖国論」もずいぶん前に予約したけど未だに連絡なし。
どっちも手にするには時間がかかりそう。
それはそれでいいことなのかもしれませんね。
とりあえず次は広田弘毅に関する小説「落日燃ゆ」を読みます。
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2005年09月08日

親日派のための弁明

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親日派のための弁明
金 完燮 著 訳・荒木 和博、荒木 信子


数年前にベストセラーになった本です。
タイトルだけは知ってました。

ところで最近彼がニュースになりました。

親日作家が敗訴 9600万ウォン賠償命令 (朝鮮日報)

コピペできないのでクリックしてみてネ。
9月2日の記事です。
う〜ん、これが言論の自由のない国ってことでしょうか。

この著書の一番最後の言葉にこうありました。

韓国人の他者にたいする態度は自己中心的でストレートである。一方、日本人は他人の気持ちにまず配慮し、相手の機嫌を損ねるようなら、自分の立場が正しくても引っこめて謝る傾向がある。このような日韓のちがいが、両国の歴史認識をめぐる論争でもそのままあらわれている。その結果、まちがいのはなはだしいほうが大声で自己主張しているという。おかしな日韓関係がつくられたのである。


なるほどなと思います。
以前、私が書いた記事のコメントにも謝罪をすればするほど日韓関係は悪化していくと書かれた方がいましたが、それに通じるところがあると思いました。

藤尾氏の発言中にある「日本が韓国を善意で統治した」というのは事実である。だが、なぜ彼が日韓併合が「悪いこと」であったという前提で「よいこともした」式に論を展開したのか、私にはよくわからない。朝鮮人にとって、併合と総督府統治はおおむね広範囲な支持を受けたと考えられるからだ。


こう著者の言葉にあるように、日本の政治家がこの歴史を語るとき2つのタイプに分けられる。
1.朝鮮半島を植民地化したことを謝罪するという政治家
2.確かに悪いこともしたけれど、日韓併合は韓国にとっても良かった部分もあったという政治家
まずほとんどがこの2つのタイプだと思われる。
しかし著者は1の政治家は問題外としても、2の政治家にすら疑問を感じている。
それはつまり日韓両国が歴史で習うように「日韓併合は日本が無理矢理やったこと」という認識が違っているからである。

私自身、歴史は好きだけれどイマイチわかってないのでひとつひとつ紐解いていくことにする。
もし間違いがあればコメントで指摘してください。

日本は江戸時代の長い鎖国期間を経て、江戸末期のペリーの来航以来激動の時期を迎える。
最初は尊皇攘夷を主張するも、列強との力の違いを見せつけられ、開国。
その後、明治維新を経て、富国強兵のもと、一気に農業国から工業国へと変化を遂げる。
日本はほんの数年の間に近代化する。
が、日本のまわりのアジアの国々はほとんどが欧米の植民地であり
アジア最大だったはずの清国はイギリスに阿片戦争で負け、滅亡の危機。
その属国であった朝鮮も同じだった。
(独立国家だったのは日本とタイ(?)だけだった)
当時の朝鮮はいわゆる中世のようなもので、中央の一族が強い権限を持ち
地方の役職は金で買われ、農民などの庶民は高い税金で苦しい生活を強いられていた。
日本は大陸進出に向けて、朝鮮を日本の保護国にしようとする。
しかし日本はその強い中央政権をバックアップすることはなく庶民側についた。
日本は何度か援軍を送り、中央政権を倒す助けをしようとするが
中央政権はそのたびに清国やロシアに助けを求め、なかなか倒れなかった。
しかし、その後朝鮮で農民の反乱(甲午農民戦争)が起こると、中央は清国に援軍を求める。
先に結んだ天津条約(お互いに朝鮮に出兵するときは報告する)により日本も朝鮮に出兵。
そして日清戦争が起こる。

日本は日清戦争に勝利。
台湾や遼東半島を譲り受けるが、三国干渉により遼東半島は手放すことに。
(ここから日本の台湾統治が始まる)
その後ロシアと対立し、日露戦争が勃発。
これに勝利した日本は朝鮮の権利を正式に譲り受ける。
その後日韓議定書を締結し、韓国総督府を設置。

というのがおおまかな流れである。
(詳しくは日韓併合(wikipedia)が参考になります)

ここで重要なことは併合前の朝鮮は清国とロシアからも狙われていたということ。
清国・ロシア・日本という選択肢の中で朝鮮人の多くが日本になるのがいいと望んだこと。
これは一進会という朝鮮の政治結社が日韓併合を望んでいたということである。
この一進会というのは当時数十万人の会員数を誇っていた。
彼らの多くは農民であった。

つまり朝鮮の農民達はそれまでの苦しい生活を打破するためには
お隣の先進国(日本)の一部になることで近代化しようとしたのだ。
ちなみに韓国や北朝鮮の教科書にはこの一進会は全く習わないか
習っても「親日派のごく一部の組織」という程度である。

韓国で行われる日韓のサッカーの試合になると必ず「安重根」の旗が見られる。
彼は韓国総督府初代総監になった伊藤博文を暗殺したとして韓国では英雄として扱われているが現実は全く逆である。
伊藤博文は日韓併合に反対していた。
理由は朝鮮半島を日本のものにすることで国際的な批判をあびることと
先進国の日本と後進国の朝鮮が一つの国になるということは
日本は朝鮮半島に莫大な金額の投資をしなければならなかったからだ。
そんな彼が暗殺されたことで、日本では一気に日韓併合の支持が強まった。

併合後、日本は朝鮮半島を近代化するために莫大な資金を投じ
交通や教育・法といったあらゆる必要なものを作り、朝鮮半島は急激に近代化した。
それまで10%未満であった識字率も80%と一気に伸び
平均寿命も25歳から45歳へ、人口も2.5倍に増えた。

しかし日韓両国にとって最大の問題は日本が負けたことだ。
普通ならここで(敗戦後日本と韓国は切り離されたとはいえ)当時日本だったわけだから
同じ「敗戦国」になるはずが、韓国はこれまでの歴史をねじ曲げ
日韓併合は一方的にやられたものだとして、謝罪だの賠償だのを求め
それが戦後60年続いているというのが現状である。


と、ここまで日韓の歴史を見てきたらものすごく長くなったので(笑)
本題についてはまた次回更新します。
長い長い前置きで、今回の記事はおしまい。
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2005年08月27日

新しい歴史教科書「つくる会」の主張

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新しい歴史教科書「つくる会」の主張
西尾 幹二 編


これは少し前にも採択問題で話題になっていた「つくる会」を立ち上げた西尾氏らの主張をまとめた本である。
ところでこの西尾さんという人は「国民の歴史」を書かれた方だったんですね。
発売当時すっごい話題になってましたよね。
めちゃくちゃ分厚かったんだけど父が読んでました。
多分まだ実家にあると思います。
父はおもしろかったって言ってたなぁそういえば。

で、この本はタイトル通りでつくる会の教科書が歴史を歪曲しているとか
日本の都合の悪いところを削除しているとか韓国が批判しているようなことは全くない
ということが書かれていて実際に教科書検定で修正をするように言われたところとか
韓国がどういった点を批判してきたのかということがまとめられています。
ただ今まで書いた文章をまとめただけって感じで「主張」というほどではないかなぁという感じ。
ほぼ半分が修正箇所や韓国の修正要求だったのであれ?もう終わり?って感じでした。

私は先の「教育が拓く未来」にも書いたとおり日本の歴史教育はちょっとおかしいと思っている。
たとえば国語は母国語の教養を深めるため、数学は論理的思考。
それぞれの教科にはそれを習う目的があると思う。
じゃあ歴史は何かって考えたら、今の教育はただ日本の今までを辿るって感じで
暗記の授業になっている。
ぶっちゃけ先生なんて必要なくて教科書丸暗記で点数をとる。
それだけの教科になっている。
でも本来はどういう風に今の日本ができあがったのかを知ることで
「日本人としての誇り」を持つことだと思う。
それは何度も言うように〜〜人と比べて日本人は優れているとかそういう相対的なものではなくて、これだけ素晴らしい国に生まれたんだという自負。

日本人って結構日本食が好きで日本の文化が好きな人が多いと思う。
海外から帰ってきたらまずおにぎりが食べたいって思うとか
オリンピックの柔道を見ているとなんか誇らしい気持ちになるとか
なんとなく京都の雰囲気が好きとか
そういうものすごく些細な、それでもって身近なことなんだけど
「日本から離れられないなぁ」って思う人多いと思うんだ。
でもそれなのにどうして「日本が好き」って言えないんだろう。
これだけ誇れる文化があって、それをなんとなくでもすごいなって思えてるのに
それなのになぜか日本人であることに誇りを持てていない。
どうしてそこが繋がらないんだろう。

それを変えるのは歴史教育だと思う。
扶桑社の歴史教科書の採択が決まる度に反対運動が起き、やいのやいのと騒動になる。
(ぶっちゃけ騒いでいるのは一部のプロ市民だと思うが)
私は早くもっと採択率があがるといいなぁと思うし
他の教科書の内容ももっと変わればいいなぁと思っている。

で、実際扶桑社(つくる会の教科書)と他の教科書の何が違うかというと
教科書というのはそもそも文部科学省の「学習指導要領」に則って作られる。
しかし実際の教科書はというと教科書を採択してもらわなくては儲からないわけで
教科書を採択するのは文科省ではなく、それぞれの採択区の教育委員会だ。
結局そこで権力を持っているのは何度も出てくる(笑)「日教組」であった。
だから実際の教科書は学習指導要領よりも日教組の考えに重点を置く。
だから自虐的であり、やたらと差別問題をとりあげる。
そこを切り離そうとし、学習指導要領に忠実な教科書を作ろうとしたのが「つくる会」である。


中学校学習指導要領(歴史的分野) 文部科学省のHPより

1 目 標
(1) 歴史的事象に対する関心を高め,我が国の歴史の大きな流れと各時代の特色を世界の歴史を背景に理解させ,それを通して我が国の文化と伝統の特色を広い視野に立って考えさせるとともに,我が国の歴史に対する愛情を深め,国民としての自覚を育てる。


きちんと指導要領には入ってるんですよね。
「愛情」という文字が。
これから歴史教育が変わっていくことを心から期待したい。
私はこれは他の教科で見られる学力低下と同じくらい重要な問題だと思っている。
多くの人にもそのことに気づいてもらいたい。
posted by ひとみ at 21:32| Comment(2) | TrackBack(3) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月24日

教育が拓く未来

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教育が拓く未来―変わり始めた現場からの提言
櫻井 よしこ


「ゆとり教育」が欠陥だらけであったことはもはや誰もが知る現実である。
ゆとり教育というのは基本的に子供達が自ら調べるということが基盤にあった。
教え込む教育ではなく子供達が自ら興味を持ち調べていくというやり方だ。
確かに耳障りはいい。聞こえはいい。

ただ、「調べる」というのはいきなり何も知らない子供ができることではない。
何もない更地にいきなり水をかけても花は咲かない。
まず誰かが種を植えてあげないと花も咲かなければ、木も育たない。
この「種」こそが「教える」ということだと思う。

子供の世界は非常に狭い。
その狭い世界の中で調べさせたところで世界は広がらない。
まずこれだけ世界は広いんだということを教えてあげることが大事なのだ。

最近話題になっている「百ます計算」や斉藤孝先生の「声に出して読みたい日本語」など
こういったものは以前私たちがやってきたことだ。
ゆとり教育が排除したものをまた今取り戻す傾向に来ている。

この本の中にもあるが、大人がめんどくさいなぁと思っている
単調な計算問題を時間を区切ってやらせたりするようなことを子供は割と好きだったりする。
口ではいやだいやだといいながらも、いざ「はじめ!」といわれると必死になって計算する。
それが1秒でも早くなればなるほど自分の中でなにか自信につながっていくものなのだ。
「ゆとり教育」はあまりに現場を知らない大人達の幻想であった。

そんなわけで「ゆとり教育」という名の妄想は間違いなく変更されるべきことである。
それはさんざん「学力低下」が問題になっていたことでもわかる。

この「ゆとり教育」の問題は特に算数(数学)や理科・あるいは国語で習う漢字の数
地理の勉強の仕方(全都道府県ではなくいくつかピックアップした県だけを勉強するやりかた)などに焦点が当てられていた。

しかし著者は歴史の勉強の仕方にも注目している。
私も日本人の愛国心のなさというのは教育に問題があると思っていた。
歴史を教える過程の中で「これだけのことを自分たちの祖先はやってきたんだ」という認識が全くない。
ただ暗記するだけの授業になっている。

ただ私はこれと「ゆとり教育」とは関係がないと思っていたのだが
そもそも「ゆとり教育」の発端というのは戦後GHQの教えであった。
そしてそれをそのまま引き継いだのが紛れもない「日教組」である。
(「日教組」については7月19日付「いいかげんにしろ日教組」参照)
自虐的な反日歴史観を持つ日教組が愛国心を持つ子供を育てようとするはずがない。
そしてこの「ゆとり教育」を推奨してきたのも日教組なのである。

愛国教育というとお隣の中国やら韓国やらを安易に想像してしまうが
あのような「愛国無罪」の精神が愛国心ではない。
「ほらね、日本ってひどい国でしょう。それに比べて我が祖国はこんなにすばらしい」
と教えることが本当の愛国教育ではないと思う。
他の国の文化や歴史を認めつつ、祖国が歩んできた過ちも栄光も全てを受け入れて
それでも今の日本を作ってくれた過去の人々に感謝すること。
これが本当の愛国心だと思う。

日本人は坂本龍馬や新撰組が好きだと言う人が非常に多い。
私もその1人である。
なぜあの幕末という時代にみな魅せられるのか。
その大きな要因はあの時代、幕府の人間だけではなく小さな藩の農民でさえも
祖国のために命を捧げ、自分の信念の為に必死になって戦ったことに感動したからだと思う。
倒幕派・佐幕派どちらも自分の信念こそが日本を救うと考えていた。
そこに胸を打たれたからではないかと。
でも私はそういうことを考えていたのは何も幕末だけではないと思っている。
(一般の人たちまでがそう考えていたのは近現代あたりからだとは思うが)

もちろん当時「日本」という概念はなかったかもしれないが
聖徳太子にしろ、織田信長にしろ、もちろん東条英機にしろ
みな自分が思う「祖国」の為に何が出来るかということを考えていたんじゃないかと思う。
なのに私たちは聖徳太子=冠位十二階の制度・憲法の制定・法隆寺建立など
ただ人と言葉を繋ぐだけの作業しか歴史の授業の中で習っていない。
聖徳太子がやったそれらのことにどんな影響があったのかを全く知らない。
弥生時代=卑弥呼、平安時代=藤原家、戦国時代=織田信長・豊臣秀吉などなど
ただただ言葉・年号・人・事件を線で繋ぐだけの作業だった。
だから「歴史は好きだけど(暗記ばっかりだから)嫌い」という子供が増えてしまうのだと思う。

もっともっと教師・授業要領、ひいては文科省が子供に興味を持たせる授業のありかたを考えるべき時に来ているのだと思った。

そしてもう一つ、親と地域の協力も大事だ。
私が塾で働いていた頃、子供がどんな勉強を習っているか知らない親がたくさんいた。
中学生が多かったのだがほとんどの親は「中学生にもなると私がみてもわからないですから」と言う。
でも中学生は義務教育で間違いなく親たちも習ったことなのだ。
もちろん忘れていることもあるからいきなり中3の受験問題をやらせてもできないだろうけど、もっと一緒に勉強していく習慣が家にあれば親ももっともっと親身になって子供と勉強の話ができるだろうにと思った。
(まぁそんな子は塾には来ないと思うけど・笑)

私も1人の親として「ゆとり教育」という反面教師を参考に子供にとって
勉強って楽しいと思わせる期間を少しでも長く引き延ばせるように
やるべきことはたくさんあるなぁと思った。
posted by ひとみ at 13:52| Comment(1) | TrackBack(1) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月17日

マンガ・嫌韓流

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マンガ嫌韓流
山野 車輪 著


アマゾンのレビューは400を越えてるんですねぇ。
そんなわけで初めは買うつもりがなかった私ですが
図書館には置いてないだろうし、あったとしてもいつ借りれるかわからないし
まわりにも貸してくれそうな、持っている人はいなそうだったので
ダンナが買ってくれるって言うし・・・と思い買ってもらいました♪

感想を一言・・・。
絵が汚いよ、車輪さん(笑)
話題作なんだからもうちょっと丁寧に書こうよ。
デスノやNANA好きな私にはその辺ちょっと魅力に欠けましたがあんなに分厚くて1000円なので許す!
帰省からの帰り、1時間半くらい電車に乗ってたんだけどその間ずぅっと読んでました。

内容は日韓ワールドカップに始まり、謝罪外交や戦後補償問題、歴史認識
日本文化のパクリ、反日マスコミ、外国人参政権問題等々。
まぁおおかたはネットやら以前読んだ西村氏の「反日」の構造あたりと変わりません。

でも「併合」と「植民地支配」が違うことはわかってたけど
「日本政府がハングル語を禁止したのは嘘」とか
「強制連行はなかった」「創氏改名も嘘」って言われてもほんまかいなって感じだった。
日本の韓国併合は合法的なものであり、欧米がアジアやアフリカに対して行った
一方的な植民地支配とは違い朝鮮半島を同じ日本とみなし、だからこそ
朝鮮半島の近代化に向けて莫大なお金をつぎ込んだ、ということは知ってましたが・・・。
その辺は読んでいてなるほどなぁ〜と思いました。

私は前にも話したけどつくる会の教科書は過激なんだろうなと思っていました。
でも市販本読んでないけどそういうことではないんだなとわかりました。
私は「強制連行」「従軍慰安婦」という言葉を学校で習った世代だし
基本的に日本人は謙虚を美とするところもあるから
なんとなく自分の国を良く言おうとするのには抵抗がありました。
でもそれと「正しい歴史認識」は違うと思う。
何を「正しい」というかも人それぞれだと思うケド。
この本にも出てくるけど日韓が真の友好を築くには
「日本があまりに自国の歴史(特に近現代史)に無知であることと
韓国の反日的な歴史教育による洗脳・誤った歴史認識」をまず直さなくてはなりません。

それから読んでいて全般を通して思ったのは結局
「韓国って日本が羨ましいんだろうなぁ〜」と言うこと。
日本の製品を次々パクるのも柔道や剣道、侍、折り紙等々日本発祥のものを
全部朝鮮半島が起源とか言っちゃうのも結局は嫉妬でしょ?って感じ。
それが結局「小中華思想」つまり中国は親、朝鮮は兄、日本は弟っていう思想で
自分より劣っているはずの日本が自分の国よりもある意味で優れている部分が多いから
反発が強くなっているだけ。
だからこそ諸外国に行っては日本の悪口を言いまくっちゃう。
でも人間関係もそうだけどまわりを悪く言って自分の価値を高めようと言う人は
たいていまわりから見破られて結局自分の首を絞めちゃうんだよね。

その典型的な例がスマトラ地震。
スマトラ地震では世界中から救援物資や救援金が送られることになりました。
韓国も500万ドルの救援金を送ると発表。
しかしその直後、日本が5億ドルの支援を発表したことで
政府内部で救援金増加の声が高まり5000万ドルに増額。

これだけを見ると良かった良かったなんだけど。

7月1日現在
日本 支払い済み 502479970ドル
韓国 支払い予定   6100000ドル
    支払い済み   2950000ドル

こちらのサイトも参考に。
韓国、スマトラ沖地震義援金を1/10に値切る (散歩道サマ)

韓国は5000万ドルと言ってたのをいつのまにか600万ドルに減額。
しかもその半分も未納なのです。

ぶっちゃけ私はこの本を読むまで日本が5億ドルも支援していたことすら知りませんでしたよ(笑)
みなさんは韓国がいくら、中国がいくら、アメリカがいくら支援したか知ってますか?
そんなもんですよ、日本人は。
日本が他の国よりもお金をたくさん払うのはいつものことだし
別に5億だからすごいとか500万だからしょぼいとかそんなこと言わないでしょ。

結局ね、日本を敵視して張り合ってそれでお互いに高まっていくならいいけど
5000万ドルも払いますってアピっておいて、300万ドルも払ってないなんて
地震を自国のPRにしてるだけでしょ?
そりゃ不謹慎にもほどがありますよ。
これを知っている他国の人がどれほどいるかわからないけど知ってる人は
誰でもおぃおぃって思うと思うよ。

この辺の自尊心の高さはどうかなぁって思ってしまうわけなんですねぇ。
日本と足して2で割ったくらいがちょうどいいような(笑)

まぁただ韓国政府の言ってること全てよし!と思わないように
嫌韓流を全てよしともあまり思わない。

韓国人の立場になって考えてみれば、たとえ対等に扱われていたとしても
自国が日本の一部になっていたっていう歴史はイヤだと思うよ。
たとえそのおかげで近代化が進んだとしても
他の国からの侵略を防ぐことができたとしても
それでもやっぱり今一つの国として独立している以上、過去にどこかの属国というか
どこかの国の一部だったって言われるのはやっぱりイヤだな〜って思うと思うの。
それが遠い過去ではないならなおさら。
日本は島国だし、どこかの植民地になっていたことがないから
なかなかその辺は想像しきれないところもあるけど。
だからそういう韓国人の気持ちに配慮すべきとは思う。

でもだからといって自分が日本人だからと言う理由で謝罪するのは違うと思うし
そういう感情を逆手にとって徹底的な反日教育で反日感情を植え付ける韓国政府のやり方も間違ってると思う。

そんなわけで。

『一度くらい 読んでみれば? 嫌韓流』

ってな感じッス。

ところで歴史好きな割に歴史に無知な私です。
高校に入るまで鎌倉時代が藤原家だと思っていたし、満州って今の朝鮮半島だと思っていたし(・∀・;)
今でも疑問なのはなんで朝鮮半島って分断されちゃったの?
その辺知らないんですけど〜。
私のこと頭良いと思っていた人ゴメンナサイ(笑)<いるのか?


それから余談。
以前「インリンオブジョイトイの謎」っていう記事を書いたんだけど
そのインリン様がブログを始めたらしい。

インリン・オブ・ジョイトイの日記

これがまたビックリしちゃうような内容(笑)

8月12日の記事

ちなみに今日は、平和を愛する私としてはマジ許せない事が東京で起きました。

日本の侵略戦争を否定して美化してる人達が作った歴史教科書を杉並区が採用したんです(>_<)

日本人は過去の過ちを認めて反省して教えて、そしてアジアの国と平和な未来を築くべきだと思います。

今の若者に過去の責任はないけれど、過去の過ちを正しく知る権利と義務があると思います。

恐ろしい事に巻き込まれない為には、

何が恐ろしいか知っていなければ反対出来ません。

残念ながら、日本が侵略戦争を行ったのは事実です。

嘘で事実をごまかすのでは、日本人も含めた戦争犠牲者がかわいそう!

嘘の教育をしたら、また、未来の戦争犠牲者と加害者を作るだけです!



う〜ん・・・。
コメントはつけれないけどトラバを見るとほとんどは反論。
そういう人たちを巷では「ネットウヨ(右翼)」とか言っちゃうんだろうな(笑)

ただ思うのは単にインリンが好きで好きな人が書いてるブログだからと見ている
無知な若者たちがますます誤った歴史認識に陥ることが心配ってこと。
頼むよ、ライブドア。
posted by ひとみ at 12:13| Comment(13) | TrackBack(5) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月19日

いいかげんにしろ日教組

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いいかげんにしろ日教組―われ「亡国教育」と、かく闘えり
松浦 光修 著


少し長くなるが、私がこの本を読もうと思ったきっかけの話。
以前、「外国人参政権問題と日本の「狂」育」というタイトルで書いたブログで
少し話に出したのだが日本の普通の公立の学校に通っていながら
君が代を習ってないという人がいることに私はとっても驚いた。
その後その話を私のネッ友たちとしていたら、広島出身の友が習っていないと言った。
他の人たちが「習っていないところがあるなんて信じられない」
「日本人が日本の国歌を歌うのは当然のこと」と当たり前のように話していることに彼女は少し驚いたようだった。
そして「学校で君が代は天皇が神という戦時の思想を受け継ぐものだから」と教えられたという。
もちろん彼女は社会主義思想とかそういった類のものを持っているわけではない。
決して危険な思想を持った人間でもない。
普通の(というと語弊があるかもしれないが)普通に普通の人だ。
彼女はただ小学生の頃、先生が言ったことを素直に信じていただけなのだ。
その話から広島の教育って?と思った矢先、別の友人が国旗や国歌に関する問題が大きくなったのは「日教組」のせいだということを教えてくれた。
それから「日教組 広島」で検索すると広島では日教組の支配力が非常に強かったということがわかった。
いろいろ検索していく中で、この本を見つけ、ぶっちゃけタイトルだけで読んでみようと思い、図書館で予約した。
図書館で渡される本には通常売られるときに帯になっているものが本を開いて一番上に貼られている。
そこにあった言葉がこうだった。
「民間出身校長が自殺した広島県よりひどい 三重県教育界の惨状を赤裸々に告発!」
なんだかとんでもない本を手にしてしまったような気がした(笑)

日教組(日本教職員組合)というのは一言で言えばただの先生達の「職員団体」に過ぎない。
ただし今でこそ日本の教職員の中で日教組に入っている人は3割程度と言われているようだが、以前はこの日教組が教職員界の中で絶対的といっていいほどの支配力を持っていたらしい。
そして都道府県・市町村の中でその日教組の支配力が強ければ強いほどいわゆる「反日自虐教育」が行われている。

著者は三重県にある皇學館大学の助教授である。
皇學館というのは字の通り、神道学科などもある古来からの考えを受け継いでいる大学である。
さらに三重県にはかの有名な伊勢神社もある。
そんなお伊勢さんのお膝もとの三重県のはずが、どうやらかなりの「偏向教育」が行われているらしい。
そして全体では日教組加入率は3割と言われている中、著書が出版された当時(平成15年)の三重県の日教組加入率は98%にものぼっている。
その一方で「暴力行為発生率ワーストランキング」は全国第二位、「いじめ発生率ワーストランキング」も全国第二位。
これは決して三重県の生徒がおかしいということではなく、この「偏向教育」に大きな問題があるように思える。
著書は著者がそういった三重県の絶対的な日教組(三教祖)支配に対し、メディアや論文を通して闘った記録である。

本の内容は三教祖の現状・勤務時間内の組合活動の現状とその給与の返還問題。
さらに教科書の採択問題から新しい歴史教科書をつくる会に著者が参加していく様子。
それから日教組による政治活動・日教組と北朝鮮のつながり、拉致問題に関することなどなど。

想像していた通り、日教組はGHQが押しつけた「全ての責任は日本にある」という歴史観
それをそのまま引き継いだ組織で、社会党(現・社民党)や北朝鮮と仲良しで
社会主義思想であり、反日の政治家・メディアと同じ典型的な歴史観・思想を持つ組合だった。
そりゃ国歌も国旗も反対するでしょうよ、というような組合。

今までこういった反日の政治家・メディアに対するの本は何冊か読んできたけれど
これらと日教組の大きな違いは私たちにはどうすることもできないということである。
例えば政治家なら選挙で投票しなければ落選する。
メディアも買わない・読まない・見ないようにすれば当然会社の影響力は低下する。
しかし日教組は先生達の集まりで、我々は子供を先生に人質にとられているのと同じ。
子供が担任を選ぶことはできないし、担任が日教組に入っているかどうかで決めることもできない。
できるのはせいぜいおかしな教育をされたときに教育委員会に訴えることができるくらいだ。

まぁいい加減こういう反日日本人に関する話は飽きてきたのだが(笑)
彼らに共通することは常に彼らの中には「ダブルスタンダード」が存在すると言うことだ。
彼らが拉致問題を語る時、必ず「日本が過去に朝鮮にしたことを思い出しなさい」という。
それはつまり日本の朝鮮に対する「植民地支配」についてのことだ。
「植民地支配」と「併合」の違いには後で触れるとして、
たとえ日本が彼らの言う「植民地支配」をしていたとしても彼らが日本人を拉致していいという話にはならない。
著者も言っているのだが、それだとインドはイギリス人を拉致していいことになる。
そんなことが世界中で起こっているだろうか?
彼らの考え方はとても単純だ。
戦争のような日本人が「加害者」の場合、それを行った日本が悪いということになり
拉致問題や反日デモの暴徒化というような日本人が「被害者」の場合も
加害者である中・韓・朝を怒らせた日本人が悪いということになる。
日本人が朝鮮人を殴ったら日本人が悪い。
朝鮮人が日本人を殴ったら朝鮮人を怒らせた日本人が悪いという発想だ。
この考えは子供でもわかるおかしな発想なのに、一部の政治家やメディアの中には当然のように存在している。

彼らは常に「謝罪と賠償」そして「人権」という言葉を使う。
しかし日教組は勤務時間内の組合活動について不正に給与が与えられていたことに関して親や子供に謝罪をしたことなどなく
拉致という最大の人権侵害の事件に関しても積極的に動こうとしないどころか
否定的な見方をしている。
結局彼らのいう「人権」は万人に与えられる「人権」ではなく
特定の人間(例えば在日というような)に与えられる「人権」なのだ。

近年問題になっている少子化を考えても、この偏向教育の犯した罪は大きいと思う。
確かに不況も大きな原因ではあるだろうし、働く女性が増えていることも原因ではあると思う。
少子化にはさまざまな原因がある。
しかし日本の教育が過去の日本を否定するような教育だったら
「こんな国で子供を育てられるだろうか」と思うのはとても自然な考えだと思う。
なにも「愛国無罪」な教育をと思っているわけではない。
一つの国が何百年、何千年と続いていく間には罪も犯す、間違いもある。
それでも今自分たちが生きているのは、今までに多くの日本人が日本という国を作ってくれたおかげだからで
過去の人間の努力があって今の自分たちがあると考えるのが普通ではないかということだ。

戦後60年、この偏向教育は続く。
今もつくる会の教科書の採択率が非常に低かったり、採択するかもとなると反対運動が起きたり、政治家が「慰安婦」という言葉はあったが「従軍慰安婦」という言葉はないという発言をしただけで騒動になる。
60年もこの教育が続けば親・子供・孫が同じ考えを持つことになる。
となると、誰もこの教育を否定しなくなる。
これはとても恐ろしいことだと思う。

愛国心を持たない人間の中には、その国で育った自分の自己否定をする人もいる。
それが今の凶悪化した少年犯罪に繋がっているとも考えられる。
とにかく日教組が教育という世界の中で犯した罪は大きい。

私は小さい頃から先生になりたかった。
何故かと言われると理由はわからない。
大きくなってから思ったのは親以外で一番近くにいる大人は先生だったからではないかと思うようになった。
つまり子供が早く大人になりたいと思うのと同じ感覚で、先生になりたいと思っていたように思う。
それくらい私にとって先生という存在は絶対的で、先生の言うことは正しいと思っていた。
憧れの存在でもあった。
私は一応教員免許を持っている。
これからの人生、絶対教育界と繋がらないとは言い切れない。
自分の思想を生徒に押しつける教師にはならないようにしないとなと思った。

日教組についてはこちらのサイトも参考になります。

次は東京裁判―もう一つのニュルンベルクを読む。
これもタイトルで決めたのだが(笑)、受け取ってビックリ。
読むのに1ヶ月以上かかりそうな大作でした。
なのでこれからはチマチマ読んだ本以外のことにも触れていこうと思います。


そんなわけで(?)本日で私は26歳になりました(*´∀`) うれしくねぇ〜。
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2005年07月12日

拉致の海流

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拉致の海流 個人も国も売った政治とメディア
山際 澄夫 著


基本的には続けて同じようなジャンルの本を読まないようにしているのだが
図書館の予約の都合で、前回に続き北朝鮮に関する本になりました。
この山際さんも今回の座り込みに参加していたことで知りました。
私は去年の夏に拉致被害者家族会が出した「家族」
蓮池薫さんの兄、透さんが書いた「奪還」を読みました。
今回のこの本を含め、こういった本を読むと本当に家族会の人たちが
どれほど政府に絶望したか、それでも政府以外に頼る場所がないつらさがどれほどだったかと胸が痛みます。

冒頭で2002年10月に美智子皇后のお誕生日の際の発言が載っています。

何故私たち皆が、自分たち共同社会の出来事として、この人々の不在をもっと強く意識し続けることが出来なかったかとの思いを消すことができません。


この一言に全てが集約されているような気がしました。

私はもうすぐ26歳になります。
自分の記憶を辿ってみると自分が覚えている一番古い総理大臣は竹下登さんです。
彼は昭和62年から首相だったようなので、その時で私が小2だしそんなもんかなと思います。
中曽根さんは記憶にはありません。
その後いわゆる55年体制の崩壊は記憶にあります。
幼いながら(って中学生くらいだったのかな?)与党は自民党、野党は社会党(現・社民党)という構図ができていたので、無知ながらも驚きでした。
その後、自民党は与党になるために社会党と手を組み、自社さ政権ができます。
まぁなんとなくこれくらいのことは覚えています。
それでも私にはずいぶん昔の話のような気がします。

ただ今回この本を読んでこの一つの大きな政治の流れが
いかに拉致被害者、そしてその家族を苦しめたかということがよくわかりました。
社会党は朝鮮労働党と深いつながりがありました。
故に、彼らにとって「日朝国交正常化」というのは一つの大きな目標でした。
その犠牲になったのが「拉致問題」
国交を正常化して対等な立場になることなくして、拉致問題の解決はないと言い切ったのです。
そして何度も行われた交渉の中でも全く拉致問題は議題に上りませんでした。
挙げ句、その交渉も核開発の問題で決裂。

物事には「時機」というのがあります。
「今、このタイミングを逃したら!」という「時機」があります。
日本は拉致問題においてそれをことごとくつぶしてきたのです。

この一連の政治の流れの間に生まれたことの一つに悪評高い「河野談話」というのがあります。
現在の衆議院議長である河野洋平氏が外務大臣だったときに
韓国が主張してきた従軍慰安婦問題に対して、ろくに調べもせずに謝罪したのです。
河野洋平・加藤紘一・野中広務氏あたりは自民党でありながら
非常に北朝鮮・韓国・中国よりの人間なようです。
そのせいで私たちは「従軍慰安婦」が「強制連行」されたと習いました。
しかしそれは現在実証されてはいません。
そして今回そのことを歴史教科書から削除しようとしたところ、韓国から反発が起きた。
あのとききちんと対応していれば今こんな風にはなっていなかったでしょう。

私にとっては「村山総理」と聞くと「あぁいたなぁそんな人」ってな感じのとても昔のことです。
ただ政治や外交においては10年20年前の言動が今に繋がるんだとこの本で実感しました。
今、ここで首相や外相が述べたことが10年先20年先の日本に大きく影響しているのだと。
あのときもっと強気で向かっていったら、今頃は・・・という気持ちをどうしても消すことができません。
あのとき自民党が続いていたら、「地上の楽園」と言われた北朝鮮の実態をもっと知る人がいたら・・・。
あのときの産経のスクープを他の新聞紙が続いて大きく報道していたら・・・。
我々は今の政治家がこれからの日本の為にどういう風に舵を動かすのかしっかり監視しなくてはいけないんだと強く感じました。

最後に本題とは関係ないのですが印象に残った箇所を。

「人の命は地球よりも重い」という言葉を聞いたことがありますか?
私はこの言葉だけは知っています。
今回、この本でその背景をしることができました。
久米裕さんの拉致の10日後、ダッカ事件という事件がおきます。
これはパリ発東京行きの飛行機を日本赤軍がインド上空でハイジャックし
バングラデシュのダッカに着陸させます。
そこで彼らは日本に収監中の日本赤軍メンバーの釈放と現金を要求します。
時の首相、福田赳夫はこの要求に即刻応え、超法規的措置として彼らを解放し、現金を渡します。
国際テロリストの要求に100%応えたのです。
そして出てきた言葉が「人の命は地球よりも重い」でした。
おぃおぃそりゃないぜという気持ちです。
著者の言葉を借りると

だが、これは一見もっともらしいが、実はよく考えるとまるで理屈に合わない言葉だった。この国家や社会は、命に代えてでも守らなければならない「価値」があるからである。私たちの社会における自由とか、人権、社会正義、また文化伝統といったことは、ある意味で命よりも大事な抽象的価値なのである。そもそも命より大事なものがあると信じなければ、誰も国に命を捧げることはしないだろう


その後立て続けに拉致が行われる。
日本がいかによわっちぃ国であるかわかったからだろう。

この一件を考えても、戦後日本がいかに「平和」とか「話合い」とか「人命優先」という言葉に騙されて、「国を守る」「国民を守る」ということを棚上げしてきたかがよくわかる。
国が国民を守らないで、国民が国のために働こうと思えるはずがない。
自分の家には鍵をかけるのに、国防や防衛・自衛という言葉には過剰に反発する人が多すぎる。
国が国民を守り、国民が国を守るという当たり前のことが「軍国主義」という言葉に代えられてしまう。

日本にはもっともっと考えるべきこと、やるべきことがたくさんあるなぁと感じさせられた。



次はちょっと視点を変えて「いいかげんにしろ日教組」を読む。
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2005年07月09日

北朝鮮を知りすぎた医者

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北朝鮮を知りすぎた医者 Diary of a mad place
ノルベルト・フォラツェン 著 訳・瀬木 碧


私たちはなんとなく北朝鮮の現状を知っている。
一部の軍人は外車を乗り回すような良い生活をしている一方で
地方の人たちは飢餓に苦しんでいること。
日本を含め、多くの国が支援した物資がそれらの
本当に困っている人たちには届かず闇市で高価に売られたり
違う国に転売され、結果自分たちの支援は一部の人の生活をよりよくしているだけだということを。
その現実が非常にストレートに表現されている本だと思った。

私がこの本を知ったのはごく最近のことだ。
恥ずかしながら私はこの「ノルベルト・フォラツェン」医師のことも最近知った。
それは先月の拉致被害者の家族会・救う会を中心に行われた座り込みの時だ。
座り込みに参加した方たちのブログを読んで知った。
この時彼は家族会と共に座り込みをし、また彼らの健康状態をチェックしたりしていたらしい。
それを知ったときに「なんで外国の医者が!?」という気持ちになった。
この人は一体何者なんだろう?と。

彼は元の西ドイツ生まれのお医者さん。
ドイツを離れ、モルディブで医師活動をした経験を持つ。
99年ドイツのNGO「カップ・アナムーア」に加わって北朝鮮へ。
やけどを負った重症患者の皮膚移植の手術に協力し、外国人初の「友好メダル」を授与される。
それが「お札」代わりになり、普通の外国人では行けないような地方での活動も許される。
そこで北朝鮮の現実を知る。
その後2000年に来朝したオルブライト国務長官の随行記者を連れて、平壌市内を案内する。
そのことが「破壊活動分子」的扱いを受け、年末国外追放になる。
北朝鮮にいた1年半の間に書かれた日記や写真の持ち出しに成功し、それを基に書かれた本がこれである。

アマゾンのカスタマーレビューにあるように若干の読みにくさはある。
もちろん書いている人が素人なこともあるが、訳者が忠実に訳しすぎている印象を受ける。
ただ逆に日本人っぽい書き方ではないこともあって、ドイツ人の彼が見た生のレポートというのを強く感じる。

彼が見た北朝鮮は本当にひどいものだった。
電気はほとんど通っておらず、水も足りていない。
病院も同じで電気もなければ、清潔な水もない。
手術は窓際で行われる。
メスの代わりにカミソリが使われることも珍しくない。
飢餓が蔓延していて、栄養失調・激しい下痢の子供・大人が多い。
北朝鮮の人たちはとても熱心に働くが、機械に対する防備が不十分で怪我が多い。
交通事故も多いし、火傷も多い。(電気も石炭もないので、危険な形で暖を取ろうとするため)
病院のほとんどは在庫がなく、手術も麻酔なしで行われる。
そういった中、届くはずの物資が届かない。

彼は北朝鮮の人々がとても熱心に働くことに感心し
また多くの人の優しさに触れ、彼らの苦労をどうにか少なくすることができないかと考える。
北朝鮮の内部の人たちが国を変えることはできない。
彼らは強い弾圧を受けているからだ。
北朝鮮を変えるのは外圧しかないと考え、多くの人にこの現実を知ってもらおうと
オルブライト国務長官(当時)の随行記者に平壌市内を案内する。
結果、これが原因で国外追放になる。
この時、彼らを管轄していた北朝鮮の水害対策委員会
(彼はこの本部がどこにあるのか最後まで知ることがなかったようだ)との会議で
お前は医者なのか、政治家なのか。政治的変革を望んでいるのかと聞かれたときに彼は言った。

たとえば、医療の面で人々をもっと手厚く援助するためにはどうしても政治的な変革が必要だとするなら、そしてそれが、各国のマスコミをもって受け入れ、旅行や発言が自由にでき、全ての人の人権を尊重すること(国際社会に受け入れてもらおうとするなら、それは義務だ)によってのみ達成できるとするならば、私も医師としていまいったような意味での「政治的な」任務を引き受けざるえないだろう・・・・・。


ものすごく正論だと思う。
正論でぶつかったゆえ、北朝鮮で生活していくことはできなくなったのだろう。

北朝鮮の住民の彼に対する信頼や親しみと幹部の彼に対する警戒の落差が激しいことに改めて驚く。
北朝鮮くらい貧困な国は少なくない。
ただそれらの国と北朝鮮の決定的な違いは、北朝鮮は一度は進化していたということだ。
電気が通り、水道には水が流れ、そういう我々から見ることろの当然の暮らしを彼らは一度経験している。
それがこうなった。
この場合の国民の絶望は計り知れないだろう。

にも関わらず、本の中にはこんな書簡が載せられている。
水害対策委員会から彼のいたNGO「カップアナムーア」本部に当てた書簡。
フォラツェン氏の行動を非難している文章なのだが
後半は約束していた500万マルク相当の服を早くよこせと言っている。
とても「援助してもらっている」態度ではない。
結局彼らには「助けてもらっている」という感覚がない。
北朝鮮で救援活動をしたいなら、北朝鮮のルールに従え!と言っているのだ。
なんとも不思議な国。
この異様さがとても強く伝わる。

本の中盤あたりで彼が日本人女性のエンターテイナー(おそらく引田天巧?)と言葉を交わす場面がある。
彼は彼女のことを全く知らないのだが、そのシーンはとても印象的だった。

その後、彼は中国を経由してソウルに入る。
しかしそこで不思議な状況を目にする。
誰も本当の北朝鮮のことを知ろうとしないのだ。
この本にはないが、彼は今年の5月に韓国からも国外退去命令が下された。
「北朝鮮を知りすぎた医者」、近況を語る
それでも彼は今も北朝鮮の国民を救うために活動しているのだろう。

北朝鮮の現実を知る、オススメの1冊です。
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2005年07月04日

イラクとパレスチナ アメリカの戦略

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イラクとパレスチナ アメリカの戦略
田中宇 著


今まで読んだ本に比べると短い文庫本なのだが、読むのに非他に時間がかかった。
大きな理由は私はカタカナが苦手だからだ(笑)
ついでに世界史も苦手でなんにも覚えていない。地理もわからん。
それでもこの本を読もうと思ったのは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんとなく。
日々のニュースで「パレスチナ」「ガザ地区」「ヨルダン」なんて言葉が出ても
どの辺なのか、中東だということしかわからなかったから。

まずものすごく簡単に歴史的に見ていくとその昔オスマントルコという大きな国があり
その国はヨーロッパの大部分を占めると言うほどに大きな国だった。
しかし産業革命がイギリスで起こったあと、イギリスの勢力は一気にオスマントルコに直撃。
第一次世界大戦のあと、イギリスは元オスマントルコを植民地にするにはあまりに大きな土地でコストがかかることからフランス・ロシアと土地をわけるようになる。
そしてフランスもイギリスも植民地化したオスマントルコの一部
(今のイスラエル・ヨルダン・レバノン・シリアあたり)を一つの国にしてしまうと
またその国がオスマントルコのように強くなると困るのでそれぞれの国を
アラブ人とユダヤ人、キリスト教とイスラム教などを理由に分けてしまう。
当時世界支配権を持っていたイギリスだが、第二次世界大戦後それはアメリカに代わる。
しかしアメリカもそのあたりを大きな国にしてしまうのは危険と感じ
結局小さな国のままにしておくことで隣国との対立状態を保ち
そうすることでひとつの国が強くなりすぎないようにしている。

その後、アメリカはイランイラク戦争でイラクを支援する。
しかし、イランイラク戦争後、強くなったイラクを警戒し
イラクがクウェートに侵攻するようにし存け、侵攻してきたイラクに対し攻撃を行う。
こういったアメリカの矛盾した支援も先の理由と同じなのだ。

本の中に中東のある国の外交官の言葉がある。
「アメリカが湾岸戦争でイラクのサダム・フセイン大統領を殺さなかったのは、イラクを第二の日本にしたくなかったからだよ」と。
つまり、日本は第二次世界大戦によってアメリカに徹底的に叩かれた。
そこで一度日本は崩壊する。
その日本を再び作り上げるためにアメリカは気前よく支援した。
しかしその後日本はアメリカに次ぐ経済大国になってしまった。
今のところ日本人はアメリカの属国であるという意識も低いし、アメリカへの反発も強くない。
しかし同じようにイラクを支援し、イラクが日本のように大きな国になったときいつ何が起こるかわからない。
逆にイラクを徹底的に叩いたら、周辺諸国が大きくなる可能性もある。
故に、中東は中東内でそれぞれ対立させて、その状態を長く維持させることで
アメリカとやりあえるほどの強い国を作らないようにしているという構図。
だからイラクを支援したり、イラクを攻撃したり、アメリカのやり方には矛盾があるということ。
まぁわからない話ではない。

中東には大きな武器がある。
それが石油だ。
日本は資源の乏しい国なのでこういう感覚はあまりないと思うがやはり資源を持つ国は強い。
そこからの輸出がなければ他の国は維持できないから。
石油の価格が上がれば、政府への不満は一気に強まる。
アメリカは確実に石油を輸入できる体制を保ちつつ、中東の対立卒係を維持していかなくてはならない。
そうしないとアメリカは超大国ではいられないからだ。

果たしてそれがこれからもずっと続くのだろうか?
もしそうなったとき日本はどうなるのか。
日本はそのためにアメリカの分析を冷静に行うべきである。
というのが著者の主張のようだ。

なるほど、簡単ではあるがわかった気がする。
地理的なことなのか、日本は明治維新後も終戦後も
イギリスやフランス、アメリカに植民地化されることはなかった。
日本に与えられたのはロシアの南下政策の阻止。
そのためにアジアで強い国を作らなければならず、それが日本だった。
中東は違い、強い国を作ることが許されない状況であったし
地理的にもイギリスやフランスと近く植民地化しやすい場所であった。

ただ一方でアメリカ批判の本が多いというのは気になるところだ。
例えば、日本の戦後認識というと欧米では日本に批判的な人が多いらしい。
ドイツを見習えというようなことを言われることが多い。
(最近は中国の反日デモのおかげでその見方は徐々に変わりつつあるが)
たしかに政府に肯定的な本というのは日本でもあまり見かけないし。
そんなわけであまり著者に肩入れしないように読むというのがこの手の本を読む鉄則かなと思う。

次は北朝鮮で医師活動をしていたノルベルトフォラツェン医師の本を読む予定。
posted by ひとみ at 12:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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